アポプラスト アポプラストの概要

アポプラスト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/25 07:58 UTC 版)

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アポプラスト経路(橙線)とシンプラスト経路(青線)

シンプラストとは対となる概念であり、シンプラストとともに植物体内の体積の大部分を占める。アポプラストは水とその溶質の植物体内での移動と拡散において不可欠な空間である[1]。アポプラストを植物物質の輸送経路と見たとき、この経路をアポプラスト経路(apoplastic pathway)と呼ぶ。

容積

細胞壁の容積

活発に生長している大麦の細胞1gにはセルロースとその他の多糖類がそれぞれおよそ10mg存在する[2]。植物個体に占める細胞壁体積の割合は5-15%程度であると考えられている。細胞壁中の溶液空間の大きさは、植物重量から予測される全体積のおよそ10%と推定されている[3]。細胞壁空間の孔の大きさは5nm程度と考えられている。細胞壁の溶液空間は、水和した無機イオンの10倍の直径を持つトンネルで構成されていると予測されている。これらのトンネルが、水に満たされた状態で細胞膜の外側を縦横に張り巡らされていると考えられている。

アポプラスト内の条件

アポプラストは水や溶質の輸送路であり生化学反応の場でもある。水溶液中の化学物質の形態や反応性、起こり得る化学反応はその水溶液の物理的化学的条件に依存する。このため、植物にとってアポプラストの条件を維持することは非常に重要であり、そのための調節機構を有している。

温度

アポプラストを含む、植物体内の温度は制御されている。アポプラスト内の温度が上昇し過ぎた場合、アポプラスト液で気泡が生じやすくなる。木部での水分の長距離輸送で気泡が発生した場合、木部が詰まり、長距離輸送がせき止められる恐れがある。植物体温の増加原因は主に日光や気温増加である。植物は体温を下げるため、葉の気孔や、草本植物の場合は茎の気孔での蒸散の発生率を増加させる。また、アポプラストでの土壌水分の輸送は植物体の冷却効果がある[2]。土壌水分は気温の影響を受けにくく、一般的に気温よりも土壌温度は低いためである。

植物体内の温度が低下しそうな場合、発熱により体温を調節すると考えられている。ある種の植物の花はシアン耐性呼吸によって発熱をすることができる。この発熱の引き金物質はサリチル酸である[4]。この花にサリチル酸を与えると花の温度が10℃以上上がる。また、他の例ではフクジュソウが低温に曝されたときにその細胞は積極的に発熱を行う。

相対湿度

アポプラストの含水率は通常98%以上に維持されていると考えられている[2]。根拠は、相対湿度98%のときの水の蒸発圧力は浸透圧に直して1.25MPaになり、植物細胞の浸透圧はこれ以下であるためである。98%以下に相対湿度が下がると細胞から水が流れ、植物は萎れる。

pH

アポプラストのpHはシンプラストのそれよりも低く、5-6の範囲にある[5]。種による差は小さいと考えられている。果実など、有機酸や糖を蓄積している場所ではpH3-4となる。pHの低さは、細胞膜にあるH+ATPアーゼが水素イオンをアポプラストへと放出しているためである。この放出は、水素イオンとの交換で溶質(有機酸や糖など)を細胞内に取り込むために行われる。アポプラストのpHはこのH+ATPアーゼと、細胞壁にあるカルボキシル基によって調節される。

アポプラストの低pHは酸生長説との関連が示唆されている[3]。実際、オーキシン処理後、細胞壁空間や導管などのアポプラストでpHが低下する。また、水素イオンとの共輸送体はアポプラストのpHに依存しており、この輸送系は糖や無機イオンの細胞への輸送に重要である。

緑色組織に光を照射するとアポプラストのpHは変化する[3]。これは、光照射によってH+ATPアーゼやその他の水素イオン共輸送系の活性が変化するためと考えられている。

溶質と濃度

アポプラスト液の無機イオン濃度は数mMである[2]。特にカリウムイオンとカルシウムイオンが多い。次に多いのはリン酸、マグネシウムイオン、ナトリウムイオンである。アポプラストには無機イオンのほか、有機物も溶解している。これらイオンの濃度は通常、それぞれ一定の範囲に維持されている。

カリウム濃度はアポプラスト採取法で5-10mM、K+電極を用いた方法で数十µMと報告されている[3]。細胞壁のカルボキシル基には相当量の陽イオンが結合していると思われているため、アポプラスト採取法ではカルボキシル基結合イオンも測定されている可能性がある。

アポプラスト液の濃度調節はあるpH範囲では主に細胞壁のカルボキシル基によって調節されている。他のpH範囲では細胞膜での輸送(細胞への取り込みと細胞からの排出)と、維管束系からの供給と転流が主要な濃度維持機構である。アポプラスト液と比べてシンプラスト液は非常に濃く、シンポプラスト液からの輸送はイオン濃度を高効率で変化させる。

リン酸濃度の調節は細胞内の液胞によって行われている。液胞はリン酸を蓄積し、必要な都度、リン酸を放出する。シンプラスト液のリン酸濃度は厳密に維持されており、アポプラスト液濃度もシンポプラスト液ほどではないが維持されている。大麦の葉では液胞のリン酸濃度が約10mM以上では、培地中のリン酸濃度に関わらずアポプラスト液濃度は1-2mMに維持される[6]

アポプラスト輸送

アポプラスト経路とシンプラスト経路はどちらも水と溶質の主要な輸送経路である。アポプラスト輸送(apoplastic transport)では水や無機物は地下部から地上部へと、幹から枝葉へと木部を移動する[7]木部の溶質は細胞に吸収されるか、師部へと輸送される。アポプラスト輸送される物質の濃度は木部への輸入量、細胞の吸収量、師部への輸出量で決まる[8]。輸送速度はシンプラスト輸送でよりもアポプラスト輸送で速い[9]。このため、水は細胞内でよりも組織内で活発に輸送されている[10]

植物の主要な炭素源である二酸化炭素が生体分子やエネルギーとなるためにはアポプラスト経路を通って細胞内小器官葉緑体にたどり着かなければならない。これは、光合成にはアポプラスト経路での輸送が必須であることを意味する。土壌から取り込まれた無機栄養素(硝酸イオン、リン酸、カリウムイオン、鉄イオンなど)はまず根表皮のアポプラスト内に拡散される。その後、無機イオンは各イオンに特異的なイオンチャネルを通ってシンプラストに入る、あるいは蒸散流によって地下部から地上部へと引き上げられ各部位へと輸送される。同様に、地上部で獲得された酸素など気体分子や、植物細胞内で合成された各種化学物質(植物ホルモンフェロモンを含む)はアポプラスト経路を介して輸送される。

アポプラスト経路はまた排出にも関与している。根に吸収された無機物の一部は木部に輸送されない。この無機物は、中心柱と接する内皮の細胞膜によって排出される[11]

水輸送

導管は根から地上部、茎(幹)から枝葉へ水を長距離輸送する。枝葉から他の組織へは転流という過程によって輸送される。

アポプラスト液のイオン濃度は細胞とアポプラスト間のイオン輸送などによって調節されている。イオン濃度の変化は水ポテンシャルを大きく変え、細胞間の水輸送に大きな影響を与える[3]

導管と柔細胞の間のアポプラストは気孔やオジギソウ葉枕での膨圧運動に関わる。アポプラスト内では導管からの距離によってイオン濃度は徐々に異なり、この勾配によって水は導管からあたかも能動的であるかのように移動している。この勾配は、アポプラストが非常に微小な空間であることによって極大化されており、微小運動が短時間で終わる理由となっている。


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