マイク・カーブとは? わかりやすく解説

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マイク・カーブ

(Mike Curb から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/17 14:18 UTC 版)

マイク・カーブ
Mike Curb
テレビの特別番組でのカーブ(中央)とコングリゲイションのメンバー、デイビー・ジョーンズ(1972年)
基本情報
出生名 Michael Curb
マイケル・カーブ
生誕 (1944-12-24) 1944年12月24日(77歳)
出身地 アメリカ合衆国、ジョージア州サバンナ
学歴 サンフェルナンド・バレー州立カレッジ中退
職業 作曲家
活動期間 1963年 -
レーベル カーブ・レコード
公式サイト Mike Curb
マイク・カーブ
Mike Curb
所属政党 共和党

在任期間 1979年1月8日 - 1983年1月3日
知事 ジェリー・ブラウン
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マイケル”マイク”・カーブ(英語: Michael "Mike" Curb、1944年12月24日 - )は、アメリカ合衆国のミュージシャン、レコード会社重役、NASCARのカー・オーナー。共和党員で、1979年から1983年、民主党ジェリー・ブラウン知事のもとで第42代カリフォルニア州副知事を務めた。ブラウンが州外で1980年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補の指名選に参加している間、知事の役目を果たした。またカーブ・レコード(英語版)の創始者であり、アメリカ合衆国西海岸ストックカー殿堂に殿堂入りしている[1]。メキシコ系の血を引いている[2]。

初期の音楽キャリア

サンフェルナンド・バレー州立カレッジ(現在のカリフォルニア州立大学ノースリッジ校)の1年生の頃、音楽学科の練習室で作曲した曲『You Meet the Nicest People on a Honda(Go Little Honda) 』がホンダのキャンペーンに選ばれた。1963年、19歳で中退し、カーブ・レコードの前身となる最初のレコード会社サイドウォーク・レコード(英語版)を創立し、リンダ・ロンシュタットが所属するストーン・ポニーズ、デイヴィ・アランが所属するアロウズ、マイク・ブルームフィールドやバディ・マイルズが所属するエレクトリック・フラッグなど西海岸のロックンロールのアーティストのデビューの手助けをした。

1965年、短編映画『Skaterdater 』の音楽を作曲し、その後ピーター・フォンダの『Wild Angels 』(1966年)、ビリー・ジャック・シリーズ第1作『地獄の天使』などの映画音楽を作曲した。1969年、彼の会社とMGMを合併し、MGMレコードとヴァーヴ・レコードの社長に就任した。カーブは映画50作、400曲以上を作曲または指揮した。

1960年代、カーブは自身の音楽グループ、マイク・カーブ・コングリゲイションを組織した。1971年初頭、アルバム『Burning Bridges 』のカーブがラロ・シフリンと共に作詞作曲したタイトル曲がクリント・イーストウッドの映画『戦略大作戦』のテーマ曲となり、ポップ・チャートのトップ40にランクインし、BMIアワードを受賞した。1970年、映画『The Magic Garden of Stanley Sweetheart 』の曲『Sweet Gingerbread Man 』がアダルト・コンテンポラリーのチャートでヒットし[3]、1973年、シャーマン兄弟と作曲した『小さな世界』もヒットした[4]。1972年、マイク・カーブ・コングリゲイションはサミー・デイヴィスJr.の『The Candy Man 』(原曲は映画『夢のチョコレート工場』でオーブリー・ウッズが歌唱していた楽曲)で演奏しBillboard Hot 100で第1位を獲得した。1978年にはジェームズ・ステュアート主演ミュージカル『The Magic of Lassie 』で演奏した。1980年、彼らは大統領選におけるロナルド・レーガンのテーマ曲『Together, a New Beginning 』をレコーディングした。マイク・カーブ・コングリゲイションはCBSのグレン・キャンベルの全国放送番組に毎週レギュラー出演していた。

1969年、カーブはクリスチャン・ロックのパイオニアであるラリー・ノーマンとキャピトル・レコードで契約した[5]。

1970年代、カーブはロイ・オービソン、オズモンド・ファミリー、ルー・ロウルズ、サミー・デイヴィスJr.、ソロモン・バークに作曲およびプロデュースをした。またシルヴァーズ、エリック・バードン、ウォー、リッチー・ヘブンス、ファイヴ・マン・エレクトリカル・バンド、グロリア・ゲイナー、ジョニー・ブリストル、エグザイル、フォー・シーズンズなどと契約した。また短期間ではあるが、モータウンのレコード会社ヒッツヴィル・レコードを操業した[6]。カーブはライザ・ミネリのエミー賞受賞作『Liza with a Z 』での使用曲『It Was a Good Time 』を作曲した。ハンク・ウイリアムズ・ジュニアの初の第1位獲得曲『All for the Love of Sunshine 』を作曲した。

慈善事業

テネシー州ナッシュビルにあるベルモント大学の新たなアリーナに寄付を行い、カーブ・イベント・センターと名付けられた。またベルモント大学はマイク・カーブ・カレッジ・オブ・エンタテイメント・アンド・ミュージック・ビジネスを所有している。ヴァンダービルト大学のカーブ・センター、カーブ・クリエイティヴ・キャンパスに、テネシー州メンフィスのローズ・カレッジのマイク・カーブ・インスティテュート・オブ・ミュージックに寄付した。

2007年6月29日、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムに2,341番目として星を埋め込まれた[7]。

2014年、ナッシュビルのミュージシャン殿堂に殿堂入りした[8]。

ディスコグラフィ

アルバム

年 アルバム US
1970 Come Together 105
Sweet Gingerbread Man 185
1971 Burning Bridges and Other Motion Picture Themes 117
Put Your Hand in the Hand 205
1972 Softly Whispering I Love You 206
1973 It's a Small World Unreleased (test pressings exist, MGM SE-4900[9])

コラボレーション・アルバム

年 アルバム カントリー・チャート
1971 All for the Love of Sunshine (with ハンク・ウイリアムズ・ジュニア) 10

シングル

年 シングル 最高順位
US AC US CA AU
1970 "Sweet Gingerbread Man" 16 115 95 —
1971 "Burning Bridges" 16 34 40 12
1972 "See You in September" 15 108 — —
1973 "It's a Small Small World" 9 108 — —

ゲスト・シングル

年 シングル 最高順位 アルバム
US Country US
[10]
US AC CAN Country CAN CAN AC
1970 "All for the Love of Sunshine" (with ハンク・ウイリアムズ・ジュニア) 1 — — 1 — — All for the Love of Sunshine
"Rainin' in My Heart" (with ハンク・ウイリアムズ・ジュニア) 3 108 — 2 — —
1971 "Ain't That a Shame" (with ハンク・ウイリアムズ・ジュニア) 7 — — 16 — — Hank Williams, Jr.'s Greatest Hits Vol. II
1972 "The Candy Man" (with サミー・デイヴィスJr.) — 1 1 — 2 3 Sammy Davis Jr. Now
"Long Haired Lover from Liverpool" (with ジミー・オズモンド) — 38 — — — — Killer Joe
"Gone (Our Endless Love)" (with ビリー・ウォーカー) 24 — — — — — The Billy Walker Show
"The People Tree" (with サミー・デイヴィスJr.) — 92 16 — — — Portrait of Sammy Davis, Jr.
"Living Together, Growing Together" (with トニー・ベネット) — 111 — — — — single only

脚注

  1. ^ “West Coast Stock Car Hall of Fame”. West Coast Stock Car Hall of Fame. 2012年3月16日閲覧。
  2. ^ Wadwhani, Anita (2010年4月13日). “Music mogul Mike Curb wields clout on social issues”. The Tennesseean. http://www.tennessean.com/article/20110414/NEWS01/304140030/Music-mogul-Mike-Curb-wields-clout-social-issues 2010年4月20日閲覧。 
  3. ^ “Billboard Adult Contemporary Chart Archive 1970-7-18,”. song-database.com. 2015年4月25日閲覧。
  4. ^ “Label of MGM single "It's A Small Small World"”. image at 45cat.com. 2015年1月21日閲覧。
  5. ^ "Larry (David)Norman", Encyclopedia of Evangelicalism, ed. Randall Herbert Balmer (Westminster John Knox Press, 2002):411.
  6. ^ Spencer Leigh (2005年10月4日). “Obituaries – Ray Ruff”. The Independent. http://www.independent.co.uk/news/obituaries/ray-ruff-509467.html 2010年1月25日閲覧。 
  7. ^ “Music Mogul Mike Curb Honored with 2,341st Star on the Hollywood Walk of Fame”. 2008年2月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年3月22日閲覧。
  8. ^ “Mike Curb - Biography”. 2016年4月4日閲覧。
  9. ^ “MGM Album Discography, Part 11”. Bsnpubs.com (2003年5月26日). 2014年6月27日閲覧。
  10. ^ Whitburn, Joel (2011). Top Pop Singles 1955–2010. Record Research, Inc. p. 217. ISBN 0-89820-188-8 

外部リンク

先代:
マーヴィン・M・ディマリー(英語版)
カリフォルニア州副知事
1979年 - 1983年
次代:
レオ・T・マッカーシー(英語版)



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