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ヤン・ウルバン

(Jan Urban から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/01 07:36 UTC 版)

ヤン・ウルバン
2015年のウルバン
名前
ラテン文字 Jan Urban
基本情報
国籍 ポーランド
生年月日 (1962-05-14) 1962年5月14日(61歳)
出身地 ヤヴォジュノ
身長 179cm
体重 72kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
ヴィクトリア・ヤヴォジュノ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1981-1985 ザグウェンビェ・ソスノヴィエツ 113 (23)
1985-1989 グールニク・ザブジェ 124 (54)
1989-1994 オサスナ 168 (48)
1995 バリャドリード 21 (3)
1995-1996 トレド 33 (6)
1996-1997 オルデンブルク 19 (3)
1998 グールニク・ザブジェ 11 (1)
通算 489 (138)
代表歴
1985-1991 ポーランド 57 (7)
監督歴
2003-2005 オサスナB
2007-2010 レギア・ワルシャワ
2010 ポロニア・ビトム
2011 ザグウェンビェ・ルビン
2012-2013 レギア・ワルシャワ
2014-2015 オサスナ
2015-2016 レフ・ポズナン
2017-2018 シロンスク・ヴロツワフ
2021- グールニク・ザブジェ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ヤン・ウルバンポーランド語: Jan Urban, 1962年5月14日 - )は、ポーランドヤヴォジュノ出身の元サッカー選手、元ポーランド代表のサッカー指導者。現在はエクストラクラサグールニク・ザブジェの監督を務めている。現役時代のポジションはフォワード。息子のPiotrekも同じくサッカー選手である[1]

経歴

選手時代

クラブ

ポーランド

貧しい鉱山労働者家族の下で6人兄弟の1人としてヤヴォジュノに生まれた[2] ウルバンは、母国のヴィクトリア・ヤヴォジュノ(Victoria Jaworzno)でキャリアを開始した当初、サッカーをしながら整備士や運転手として働いていた[3]。その後に所属したザグウェンビェ・ソスノヴィエツen)とグールニク・ザブジェでプロ選手として活動しており、特に後者のクラブでは、自身のキャリア最高となる1988-99シーズンの17得点を含めて54得点を記録する活躍でリーグ3連覇とスーパーカップ英語版優勝に貢献した。

オサスナ

ザブジェでの優れたパフォーマンスから、1989年8月により競争力の高いリーグであるスペイン1部CAオサスナと契約[4] し、クラブ史上最高のストライカーの1人と語り継がれるようになる稀有な活躍を示すことになる[1]1季目に35試合8得点を挙げると、2季目には、1990年12月30日のエスタディオ・サンティアゴ・ベルナベウでのレアル・マドリード戦(4-0)のハットトリック[5][6] を含めて34試合13得点を挙げ、UEFAカップ1991-92出場圏内にしてクラブ史上過去最高位となる4位でのシーズンを終了することに貢献した[7]。欧州カップ戦とリーグ戦との二足の草鞋となった2季目は、層の薄いチームにとって過酷なものであったためにリーグ戦で降格の危機に喘いでいたが、その中でウルバンは12得点を挙げて再度チーム最多の得点源として活躍し、残留に貢献した。UEFAカップの2回戦では、同シーズンのドイツ1部王者となるVfBシュトゥットガルトとのメルセデス・ベンツ・アレーナでの第2戦(3-2)で2得点を挙げる活躍を見せた[8]

1992-93シーズンは、同胞のロマン・コセツキen)と前線でコンビを組んで7得点を記録。しかし、翌1993-94シーズンになると、別のポーランド人コンビのリシャルト・スタニエク(en)とヤツェク・ジオベール(en)に先発の座を奪われ、また、チームはシーズン終了時に2部へ降格する悲惨なシーズンとなった。なお、ウルバンはチーム2位となる5得点を記録した。1994-95シーズンはホセ・フランシスコ・ロホ(en)監督の下で2部でのプレーとなり、冬の移籍市場でレアル・バリャドリードと契約して1部の舞台へ戻った[9][10] までの間に12試合3得点を記録した。

晩年

バジャドリードではセンターバックに転向したことで本職のセンターフォワードでの仕事は少なく[11]、21試合の出場に対して僅か3得点に終わった。また、チームは19位で降格したかに思われたが、同1994-95シーズン終了後の騒動によって翌1995-96シーズンは22クラブに拡大となったことで最下位である20位のCDログロニェスの1チームのみが降格となり、最終的にバリャドリードは1部残留が決定した。しかし、ウルバン自身はバジャドリードから放出され、1995年9月11日にCDトレドと契約したことで2部でのプレーとなった[12]。トレドでは、33歳の高齢ながらチーム2位となる33試合6得点を挙げて良いシーズンを過ごした。

CDトレド退団後は、長年活動したスペインの地を離れてドイツ2部のVfBオルデンブルク(en)と契約。1998年から古巣のグールニク・ザブジェで1シーズンを過ごし、36歳の時に現役引退した。

代表

ポーランド代表としては、6年間で57試合7得点を記録し、1986 FIFAワールドカップでベスト16のメキシコ戦までの4試合全てに出場(うち先発3試合)した[13]

指導者

現役引退後はパンプローナに定住したウルバンは、同市内にあるCAオサスナの下部組織で指導者としてのキャリアを開始し、2001年にチームをコパ・デ・カンペオネス・フベニール優勝に導く[14]。2003-04及び2004-05シーズンは、3部を戦う同クラブのリザーブチームを指導。その後は、同クラブの運営に参加し、2007年6月にレギア・ワルシャワの監督に就任するためにクラブを去った[15]

2007年6月4日に強豪レギア・ワルシャワの監督に就任[16] すると、かつて指導したイニャキ・アスティス(en)を始めとしたオサスナから3選手を獲得した[17][18]。また、UEFA EURO 2008期間中はレオ・ベーンハッカー監督率いるポーランド代表のアシスタントを務めた。

2010年3月14日にレギア・ワルシャワを解雇となる[19] と、同年の10月29日から12月10日までポロニア・ビトムの指導をした。2011年3月10日には、マレク・バヨル(en)監督の後任としてザグウェンビェ・ルビンと契約したが、成績不振により同年10月31日にパヴェル・ハパル(en)監督に置き換えられた[20]。2012年5月30日からは再度レギア・ワルシャワの監督に就任し、2012-13シーズンにリーグカップ2冠を達成してリーグの年間最優秀監督に選出された[21]。しかし、2013年12月18日のグールニク・ザブジェとのカップ戦(1-3)で敗退が契機となって翌19日にヘニング・ベルグ監督に置き換えられた[22]

タイトル

選手時代

クラブ

グールニク・ザブジェ

指導者

クラブ

CAオサスナ U-18

レギア・ワルシャワ

個人
  • ポーランド年間最優秀選手賞英語版年間最優秀監督部門 : 2013

脚注

外部リンク


「Jan Urban」の例文・使い方・用例・文例

  • 7はJanuaryseventhと読む
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