ブレーカー・ボーイ
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ブレーカー・ボーイ(英語:breaker boy)とは、アメリカ合衆国[1]とイギリスに見られた炭鉱作業者の一種であり、砕炭場(coal breaker)において石炭から不純物を手作業で分離することをその職務としていた。ブレーカー・ボーイは主として児童であったが、年配の炭鉱夫の中で年齢・病気・事故といった理由でこれ以上採掘作業に従事できなくなった者もブレーカー・ボーイとして雇用されることがあった[2]。ブレーカー・ボーイの利用は1860年代半ばから始まった[3][4]。児童労働に反対する世論は1880年代半ばにはすでに形成されていたにもかかわらず、ブレーカー・ボーイという雇用慣行は1920年代初頭まで継続していた[1][5]。
砕炭・選別作業が必要とされた理由
石炭がイギリスで広く使用されるようになったのは、1950年代の後半、王立海軍以外の木材収穫の禁止令がチャールズ1世によって布かれた後のことである。中産階級の新興が更なる窓ガラスの需要の増加を招き、そしてガラス製造業は燃料を木炭に大きく依存していた。木炭はもはや手に入らなくなったため、ガラス製造業は燃料を石炭へと置き換えた。加えて、反射炉の発明や、カノン砲のような鉄製品を鋳造する手法の開発は、石炭需要の更なる増加を招いた[6]。
砕炭場の第1の役割は、石炭を破砕した後におおよその大きさごとに分類する事であり、この工程はブレーキング(breaking)と呼ばれる[7]。しかし、石炭にはしばしば、岩・粘板岩・硫黄・灰分・粘土・土壌といった不純物が混入している[7][8]。従ってこうした不純物を経済効率が許す範囲で技術的に可能な限り除去した後に、残存した不純物の割合に応じて石炭を等級分けすることが砕炭場の第2の役割となる[7]。この工程は石炭が家内工業規模の生産方式で消費されていた時代には不要であったが、規模の経済によってより多くの労働力を擁する初期の工場への移行が行われ、工場の設備がガラスと鉄の大量生産を開始すると必要になった[要出典]。
1830年以前のアメリカでは、瀝青炭の採掘はほとんど行われず、アメリカ産業革命初期の燃料である無煙炭は市場に送られる前にはほぼ加工されることがなかった(この市場は錬鉄を製造する鉄工所や鍛冶場であった)。坑内で鉱山労働者は大型ハンマーで大きな石炭の塊を砕くと、5センチ間隔の歯を備えた熊手で大きめの破片を集めて、地表へと移送した[9]。小さな塊は売り物にならないと見なされ、坑内に残された[9]。
1830年ころから、アメリカでは東海岸のさまざまな運河計画に合わせて、石炭の表面処理が行われるようになった。アメリカのこうした動きはイギリスに比べると遅れており、ヨーロッパ大陸と同時期であった。国土から森林が失われつつあったイギリスは他国よりも早く経済的な代替燃料を発見する必要があった、という単純な事情があり、石炭・鉄・機械の技術開発が促進された結果、最終的には鉄道や1860年代に生まれた化学工業がもたらされた。石炭の塊は穴を開けた鋳鉄製の板の上におかれ、ブレーカーと呼ばれた労働者が、石炭を穴を通って落ちるほど小さくなるまでハンマーで砕いた[9]。第二のふるいが穴から落ちてきた石炭を受け止めて、売り物にならないほど小さな破片を振るい落とすために揺り動かされた(これには人の手や動物、蒸気、水力が動力源として用いられた)[9]。大きさを揃えた石炭は発火点を超えた後は手間もかからず燃焼するため、砕いてふるいにかけた石炭は、砕いただけの石炭や石炭の塊よりも遥かに価値が高かった。
ブレーカー・ボーイの使用
1900年ころまで、アメリカのほとんどすべての砕炭施設は、労働集約的であった。不純物の除去は、手で、通例は8歳から12歳のブレーカー・ボーイによってなされた[5][10][11][12]。ブレーカー・ボーイの使用は、1866年ころから始まった[3][4]。1日10時間、週6日、ブレーカー・ボーイは、シュート(chutes)あるいはベルトコンベアの上方で、木製の席に腰掛け、粘板岩その他の不純物を石炭のなかから拾った[3][5][10][11][13][14][15]シュート(chutes)あるいはベルトコンベアのてっぺんで働くブレーカー・ボーイは、自分の下の流れる燃料の流れにブーツを突っ込み石炭を停め、すばやく不純物を拾い出し、それから次の処理のために次のブレーカー・ボーイに石炭を回した[9][16]。また他の者は、自分が腰掛けているところの水平なシュートに石炭をそらし、それから燃料を「きれいな」("clean")石炭入れに流れ込まさせないうちに、きれいに石炭を拾った[4]。
ブレーカー・ボーイによってなされる作業は、危険であった。ブレーカー・ボーイは、滑らかな石炭をよく取り扱い得るように手袋をはめずに働かざるを得なかった[10][11][13]。しかしながら、粘板岩は鋭く、そしてブレーカー・ボーイはしばしば、指を切って出血し仕事を離れた[14]。彼らの中には、機械の間を移動した際、ベルトコンベアの下に、あるいは歯車に巻き込まれ四肢を失う者、更には殺到する石炭に巻き込まれ圧死する者も居たが、彼らの遺体は就労時間終了後に、ようやく管理者によって機械の歯車から回収された[5][9][10][14]。また他の者は、その回収をした[5][9][10][14]。乾いた石炭はあまりに多くの粉塵を蹴立てるので、ブレーカー・ボーイはときどき見るために頭にランプを付けたほどで、喘息と黒肺塵症(black lung disease)はありふれていた[3][5][9][10][13]。石炭はしばしば不純物を取り除くために洗われたが、これは硫酸を生じた[17][18]。その酸でブレーカー・ボーイらは手に火傷を負った[19]。
公衆の非難
ブレーカー・ボーイ使用に対する公衆の非難はあまりに広くひろがったので、1885年にペンシルヴェニアは、砕炭場での12歳未満の雇用を禁止する法律を制定した[3][13]。しかし法律は施行力は弱かった。多くの雇用者は、年齢証明の文書を偽造し、そして多くの家庭は、子供らが家庭を支えることができるように出生証明書その他の文書を偽造した[3][13]。ペンシルヴェニアの無煙炭田で働くブレーカー・ボーイの人数の概算は大きく異なり、そして公式統計は、歴史家によって人数は実際よりかなり小さいと一般に見なされている[3]或る概算では1880年に州内で働くブレーカー・ボーイは20000人[3]、1900年に18000人[12]、1902年に13133人[3]、そして1907年に24000人である[20][20]。1890年代と1900年代の技術革新(たとえば石炭から不純物を取り除くように設計された機械仕掛けの、そして水力の選鉱機)は、ブレーカー・ボーイの必要を劇的に引き下げた[20][21]。しかし新技術の採用は、ゆっくりであった[3]。
1910年代までに、ブレーカー・ボーイの使用は、技術の進歩、より厳しい児童労働法、そして義務教育法の制定のために減じつつあった[1][10]。砕炭場での児童の雇用の慣行は、1920年までに、全国児童労働委員会(National Child Labor Committee)の努力、社会学者で写真家のルイス・ハイン、そして全国消費者連盟(National Consumers League)のために、大部分は終わったが、それらすべては、慣行について公衆を教育し、そして全国的な児童労働法の通過を獲得することに成功した[1][5][22]。
労働組合活動
ブレーカー・ボーイは、熱烈な独立心と大人の権威にたいする拒絶で知られた[14]。ブレーカー・ボーイはしばしば、労働組合を結成し、これに加入し、そしてペンシルヴェニアの無煙炭田で、多くの重要なストライキを実行した[23][24]。これらのなかに、ラティマーの虐殺(1897年)[14][23]や1902年の石炭ストライキ(Coal Strike of 1902)[23]において頂点に達したストライキがある。
脚注
- ^ a b c d Hindman, Hugh D. Child Labor: An American History. Armonk, N.Y.: M.E. Sharpe, 2002. ISBN 0-7656-0936-3
- ^ This gave rise to a saying among coal miners: "Once an adult, twice a boy." See: Miller, Donald L. and Sharpless, Richard E. The Kingdom of Coal: Work, Enterprise, and Ethnic Communities in the Mine Fields. State College, Pa.: University of Pennsylvania Press, 1985. ISBN 0-8122-7991-3; McDowell, John. "The Life of a Coal Miner." In The World's Work...: A History of Our Time. Vol. 4. Walter Hines Page and Arthur Wilson Page, eds. New York: Doubleday, Page & Company, 1902; Richards, John Stuart. Early Coal Mining in the Anthracite Region. Mount Pleasant, S.C.: Arcadia Publishing, 2002. ISBN 0-7385-0978-7
- ^ a b c d e f g h i j Derickson, Alan. Black Lung: Anatomy of a Public Health Disaster. Ithaca, N.Y.: Cornell University Press, 1998. ISBN 0-8014-3186-7
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- ^ Burke, James. Connections. New York: Little, Brown and Company, 1978, ISBN 0-316-11685-8. p. 163-170.
- ^ a b c Ketchum, Milo Smith. The Design of Mine Structures. New York: McGraw-Hill, 1912.
- ^ Ash are impurities such as alumina, iron, silica, and other noncombustible materials. See: "Ash." Dictionary of Energy. June 30, 2007. Accessed 2009-10-31.
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- ^ Bartoletti, Susan Campbell. Growing Up in Coal Country. New York: Houghton Mifflin Harcourt, 1999. ISBN 0-395-97914-5
- ^ When coal is mixed with water, a chemical reaction occurs that generates acid on the surface of the coal.
- ^ Daniels, F.E. "Acid Pollution of Streams." Journal of the American Water Works Association. 1921; "Stimulation of Free Settling by Electrolysis." Mining and Metallurgy. January 1922.
- ^ Wallace, Anthony F.C. St. Clair, A Nineteenth-Century Coal Town's Experience With A Disaster-Prone Industry. Ithaca, N.Y.: Cornell University Press, 1988. ISBN 0-8014-9900-3; Schlereth, Thomas J. Victorian America: Transformations in Everyday Life, 1876-1915. New York: HarperCollins, 1991. ISBN 0-06-016218-X; Quigley, Joan. The Day the Earth Caved In: An American Mining Tragedy.Reprint ed. New york: Random House, 2009. ISBN 0-8129-7130-2
- ^ a b c "Install Mechanical Slate Pickers." Technical World Magazine. September 1906-February 1907.
- ^ "A Great and Efficient Coal Breaker." New York Times. January 6, 1895.
- ^ Cohen, David and Wels, Susan. America Then & Now: Great Old Photographs of America's Life and Times, and How Those Same Scenes Look Today. New York: HarperCollins, 1992. ISBN 0-06-250176-3
- ^ a b c Blatz, Perry K. Democratic Miners: Work and Labor Relations in the Anthracite Coal Industry, 1875-1925. Ithaca, N.Y.: SUNY Press, 1994. ISBN 0-7914-1819-7; Bartoletti, Susan Campbell. Kids on Strike! Reprint ed. New York: Houghton Mifflin Harcourt, 2003. ISBN 0-618-36923-6
- ^ Miller, Donald L. and Sharpless, Richard E. The Kingdom of Coal: Work, Enterprise, and Ethnic Communities in the Mine Fields. State College, Pa.: University of Pennsylvania Press, 1985. ISBN 0-8122-7991-3; Smith, Page. The Rise of Industrial America: A People's History of the Post-Reconstruction Era. New York: McGraw-Hill, 1984. ISBN 0-07-058572-5; Josephson, Judith Pinkerton. Mother Jones: Fierce Fighter for Workers' Rights. Breckenridge, Colo.: Twenty-First Century Books, 1997. ISBN 0-8225-4924-7
関連項目
- 選炭工場 - 機械によって粉砕、精炭と廃石を分別する工場。かつてはブレーカー・ボーイによる手選が行われていたが人件費上昇や塊炭需要の低下で姿を消した。
- 選鉱(選鉱場) - 金属鉱山において精鉱と脈石を分離する工場。日本の鉱山においては、手選は女性が担っている事が多かった。
外部リンク
- "The Boys in the Breakers." eHistory. Multimedia Histories Section. The Ohio State University.
- "Breaker Boys and Miners Tell About Their Hardships." The New York Times. December 14, 1902. (Miners and breaker boys testify in 1902 before the Anthracite Coal Strike Commission regarding conditions at the Philadelphia Reading Coal Iron Company)
- "Donald Miller: The Breaker Boys." America 1900, an episode of The American Experience on PBS
- "A Pictorial Walk Through the 20th Century: Little Miners" Mine Safety and Health Administration. U.S. Department of Labor
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