ベニー・スペルマンとは? わかりやすく解説

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ベニー・スペルマン

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/30 15:22 UTC 版)

ベニー・スペルマン
原語名 Benny Spellman
生誕 (1931-12-11) 1931年12月11日
出身地 アメリカ合衆国 フロリダ州ペンサコーラ
死没
ジャンル R&B
職業 歌手
活動期間 1960年代
レーベル
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ベニー・スペルマン(Benny Spellman、1931年12月11日 - 2011年6月3日[2])は、アメリカ合衆国のR&B歌手である[3]。彼の一番よく知られた曲は1962年のシングル「Lipstick Traces (On A Cigarette)」とそのB面の「Fortune Teller」であり、いずれもアラン・トゥーサンが作詞作曲したものであった(クレジット上はナオミ・ネヴィルとなっている)。「Lipstick Traces (On A Cigarette)」はビルボードのR&Bチャートで最高位28位、ポップ・チャートでも80位を記録している[4]。一方、「Fortune Teller」はザ・フー、ローリング・ストーンズを始め多くのアーティストによってカバーされた[5]。スペルマンはトゥーサン、アール・キング(「Trick Bag」)、ヒューイ・"ピアノ"・スミス、アーニー・ケイドー、ウィルソン・ピケット、ネヴィル・ブラザーズ、オージェイズなど幅広いミュージシャンたちと仕事をしている[6]。

来歴

スペルマンは、1931年12月11日、父ジョセフ・スペルマン、母ドーラ・トーマスの下、フロリダ州ペンサコーラに生まれた[6][7]。

彼の当初の興味はフットボールにあったが、バトンルージュでサザン大学に在籍した際に、アルヴィン・バティストのグループで歌い始めた[8]。

1959年、彼はフロリダでツアー中のヒューイ・"ピアノ"・スミスと彼のグループ、ザ・クラウンズに出会った。彼らが交通事故に巻き込まれて車が大破してしまったため、スペルマンはニューオーリンズまで運転して彼らを送り届けることを申し出た。その後、スミスは彼にクラウンズで歌うように誘い、これに乗ってスペルマンはニューオーリンズへの移住を決めている[8]。

スペルマンはアーニー・ケイドーのチャート1位となったヒット曲「Mother In Law」でバック・ボーカルを務めた[5]。彼はミニット・レコードなどで数々のシングルをリリースした後、1965年には、アトランティック・レコードからシングル「The World Game」をリリースしたが、1968年に音楽から引退し、ミラー・ビールに入社し、広報部長を務めた[5][8]。

彼は1980年代の後半にカムバックを試みたものの、脳卒中を患い長くは続かなかった。その後、彼はペンサコーラに帰郷している[8]。

1988年、イギリスのチャーリーR&Bがスペルマンの1960年代のレコーディング16曲を収録したコンピレーション・アルバム『Fortune Teller』をリリース。米国では、同じ内容のCDをコレクタブルズ・レコードが出している[1]。2009年、スペルマンは、ルイジアナ音楽の殿堂入りをしている[6][8]。

スペルマンは、2011年6月2日、ペンサコーラの生活支援施設にて、呼吸器不全のため死去した。79歳だった[9]。

私生活

スペルマンは、カトリック教徒であった[10][7]。

ベニー・スペルマンは、ニューオーリンズの歌手/エンターテイナーのジュディ・スペルマンの父親であった。彼女は2016年7月に60歳で死去している[11]。

ディスコグラフィー

コンピレーション・アルバム

リリース年 アルバム名 レーベル
1988 『Fortune Teller』 Charly R&B
2012 『Fortune Teller』 Shout!
n/a 『Benny Spellman』 Bandy (LP)

シングル

リリース年 タイトル (A面、B面) レーベル
1960 「Life Is Too Short」

b/w 「Ammerette」

Minit 606
1960 「Darling, No Matter Where」

b/w 「I Didn't Know」

Minit 613
1961 「That's All I Ask Of You」

b/w 「Roll On Big Wheel」

Ace 630
1962 「Lipstick Traces (On A Cigarette)」

b/w 「Fortune Teller」

Minit 644
1962 「Every Now And Then」

b/w 「I'm In Love」

Minit 652
1962 「You Got To Get It」

b/w 「Stickin' Whicha' Baby」

Minit 659
1963 「Ammerette」

b/w 「Talk About Love」

Minit 664
1964 「Walk On Don't Cry」

b/w 「Please Mr. Genie」

Watch 6332
1964 「Someday They'll Understand」

b/w 「Slow Down Baby (Don't Drive Too Fast)」

Watch 6336
1965 「The Word Game」

b/w 「I Feel Good」

Atlantic 45-2291
1966 「It's For You」

b/w 「This Is For You My Love」

Alon 9031
1967 「Sinner Girl」

b/w 「If You Love Her」

Sansu 462
1968 「Foolish Man」

b/w 「Don't Give Up Love」

Mor. Soul MO 007

[1]

脚注

  1. ^ a b c “Benny Spellman Discography: Vinyl, CDs, & More”. Discogs. 2025年7月17日閲覧。
  2. ^ “R&B legend Benny Spellman dies”. WWLTV Eyewitness News. (2011年6月5日). オリジナルの2014年3月17日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140317063144/http://www.wwltv.com/news/RB-legend-Benny-Spellman-dies-123172068.html 2014年3月17日閲覧。 
  3. ^ Paul Du Noyer (2003). The Illustrated Encyclopedia of Music (1st ed.). Fulham, London: Flame Tree Publishing. p. 181. ISBN 1-904041-96-5 
  4. ^ Billboard, Allmusic
  5. ^ a b c Benny Spellman at Allmusic
  6. ^ a b c “2011 January to June”. The Dead Rock Stars Club. 2025年7月17日閲覧。
  7. ^ a b “Benny Spellman Obituary”. legacy.com. 2020年12月3日閲覧。
  8. ^ a b c d e “Benny Spellman”. Louisiana Hall Of Fame. 2025年7月17日閲覧。
  9. ^ Jeff Hannusch (2011年7月1日). “Obituary: Benny Spellman (1931-2011)”. Offbeat Magazine. 2025年7月17日閲覧。
  10. ^ Keith Spera (2011年6月6日). “Benny Spellman, singer of 'Lipstick Traces' and 'Fortune Teller,' dies” (英語). Times Picayune. 2025年7月17日閲覧。
  11. ^ “JUDY SPELLMAN BRISCO of Jefferson, Louisiana 1955 - 2016 - Obituary”. Dennis Funeral Home. 2025年7月17日閲覧。

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