アンドリュー・リーとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > アンドリュー・リーの意味・解説 

アンドリュー・リー

(Andrew Lih から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/21 22:10 UTC 版)

アンドリュー・リー
Andrew Lih
郦安治
リー、2024年
生誕 1968年(57 - 58歳)[1] ワシントンD.C., アメリカ合衆国
別名 Fuzheado
出身校 コロンビア大学 (学士(理学), 修士(理学))
職業
  • Scientist
  • professor
著名な実績 ウィキペディアやウィキメディアなど、様々なオープンテクノロジー文化の研究
公式サイト www.andrewlih.com
中国語
繁体字 郦安治
簡体字 酈安治
発音記号
標準中国語
漢語拼音 Lì Ānzhì
通用拼音 Lì Ānjhìh
ウェード式 Template:Tonesup
IPA [lí án.tʂî]
テンプレートを表示

アンドリュー・リー (Andrew Lih; 簡体字=酈安治; 繁体字=郦安治; ピンイン=Lì Ānzhì; 1968年-)[2][3] は、アメリカ合衆国のニューメディア研究者、コンサルタント、作家であり、ウィキペディア中国のネット検閲に関する専門家でもある[4][5][6][7][8]。2013年に彼はワシントンDCのアメリカン大学のジャーナリズムの准教授に任命された。

彼は現在、スミソニアン博物館ウィキペディアン・イン・レジデンスであり、またニューヨーク市メトロポリタン美術館のウィキメディア・ストラテジストでもある[9]

経歴

2014年アメリカのWikiConferenceで語るリー
映像外部リンク
How Wikipedia solved the knowledge gap, Andrew Lih, TEDxAmericanUniversity, TEDx, 17:19.[10]

リーは1990年から1993年まで、AT&Tベル研究所でソフトウェアエンジニアとして働いた。1994年にスタートアップのメディアブリッジ・インフォシステムズ社を創立した。また同年コロンビア大学で、コンピューターサイエンス修士号を取得した[11]

1995年から2000年まで彼はコロンビア大学ジャーナリズム学部の非常勤教授を務め、またニューメディアセンターの技術部門長でもあった[12]。2000年にコロンビアのインタラクティブデザインラボを設立し、大学の芸術学部と協働して、広告、ニュース、ドキュメンタリー、映画を含むフィクションとノンフィクション双方におけるインタラクティブデザインを探求した[2]。その後まもなくリーは、香港大学ジャーナリズム・メディア研究センターの助教授兼技術主任となった[2][13]

そして彼は中国の北京に移り[13]、2009年まで住んだ。2013年にワシントンDCにあるアメリカン大学コミュニケーション学部英語版の准教授に就任した[14]

ウィキペディア活動

ウィキマニア2014でのリー

リーはウィキペディアの執筆者であり、英語版ウィキペディアの管理者である[15]。2009年に彼は『ウィキペディア・レボリューション:世界最大の百科事典はいかにして生まれたか』を出版した。彼はウィキペディアのエキスパートとして、ニュースサイトのSalon.com[16]ニューヨーク・タイムズの「ヤバい経済学」ブログ[17]、そして米国公共ラジオ放送NPRの「トーク・オブ・ザ・ネーション英語版[18]のインタビューを受けている。

2014年、ウィキペディアの有料アドボカシー編集について語るリー

リーは、スマートフォンでのウィキペディア編集は困難なので、新しい有能な参加者の意欲を削いでいる、と語っている。また数年前から、ウィキペディア編集者の数は減少していて、これの解決法について既存の参加者の間で深刻な意見対立がある、とも語る。2015年、リーはこうした状況が、ウィキペディアの長期的未来を危うくするかもしれない、と述べた[19]

2022年、リーはウィキメディア桂冠賞を受賞した[20]。2025年、ニューヨークで開催されたウィキカンファレンス北米にトラスト&セーフティーのボランティアとして参加していたリーは、マリアナ・イスカンデルの講演中に拳銃を持ってステージに登った男を、もう一人のボランティアであるリチャード・クニペルが後ろからつかまえた時に、弾の込められた拳銃を男から取り上げた[21]

著作抜粋

関連項目

脚注

  1. ^ Andrew Lih's academic CV
  2. ^ a b c "Andrew Lih." University_of_Hong_Kong. Retrieved on February 28, 2012.
  3. ^ "About Archived 2015-09-23 at the Wayback Machine.." Andrew Lih Official Website. Retrieved on February 28, 2012.
  4. ^ Cohen, Noam. "Chinese Government Relaxes Its Total Ban on Wikipedia Archived February 20, 2019, at the Wayback Machine.." The New York Times. October 16, 2006. Retrieved on February 28, 2012.
  5. ^ Sydell, Laura (2008年7月12日). “How Do Chinese Citizens Feel About Censorship?”. National Public Radio. 2023年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  6. ^ Johnson, Tim (2008年5月15日). “China relaxes grip on internet and media after quake”. The Australian. 2009年5月11日閲覧。 [リンク切れ]
  7. ^ Branigan, Tania (2008年8月2日). “Beijing Olympics: Government U-turn ends ban on human rights websites”. guardian.co.uk. 2009年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  8. ^ Spencer, Richard (2007年1月25日). “China's growing number of internet users could exceed US”. The Telegraph. 2022年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  9. ^ Andrew Lih” (英語). ONA21. 2022年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月9日閲覧。
  10. ^ How Wikipedia solved the knowledge gap, Andrew Lih, TEDxAmericanUniversity”. TED (conference). 2021年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月14日閲覧。
  11. ^ Academic Curriculum Vitae”. Annenberg.usc.edu. 2009年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月4日閲覧。
  12. ^ Kramer, Staci D. (March 1, 2004). “Meet Columbia's New Media Guru”. Online Journalism Review. オリジナルのApril 15, 2009時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090415161717/http://ojr.org/ojr/education/1077755580.php 2009年5月11日閲覧。. 
  13. ^ a b Fallows, James (2008年3月). “The Connection Has Been Reset”. The Atlantic. 2023年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  14. ^ New Media Expert Lih Joins School of Communication &#124”. School of Communication American University (2013年5月3日). 2013年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月4日閲覧。
  15. ^ Sarno, David (2007年9月30日). “Wikipedia wars erupt”. Los Angeles Times. 2019年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  16. ^ Rossmeier, Vincent (2009年3月24日). “Are we dangerously dependent on Wikipedia?”. Salon.com. 2009年4月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年5月11日閲覧。
  17. ^ Mengisen, Annika (2009年6月16日). “By a Bunch of Nobodies: A Q&A With the Author of The Wikipedia Revolution”. Freakonomics Blog. The New York Times Company. 2022年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月23日閲覧。
  18. ^ Conan, Neal (2012年2月22日). “Truth And The World Of Wikipedia Gatekeepers”. Talk of the Nation. 2023年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年1月14日閲覧。
  19. ^ Lih, Andrew (2015年6月20日). “Can Wikipedia Survive?”. The New York Times. オリジナルの2015年6月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150621032208/http://www.nytimes.com/2015/06/21/opinion/can-wikipedia-survive.html 2015年8月1日閲覧。 
  20. ^ Celebrating the 2022 Wikimedians of the Year!”. Wikimedia (2022年8月14日). 2022年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月23日閲覧。
  21. ^ Newman, Andy (2025年10月17日). “Wikipedia Volunteers Avert Tragedy by Taking Down Gunman at Conference”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2025/10/17/nyregion/wikipedia-conference-gunman.html 
  22. ^ ウィキペディア・レボリューション : 世界最大の百科事典はいかにして生まれたか (ハヤカワ新書juice ; 005) | NDLサーチ | 国立国会図書館”. 国立国会図書館サーチ(NDLサーチ). 2025年11月29日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳

英語⇒日本語日本語⇒英語
  •  アンドリュー・リーのページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アンドリュー・リー」の関連用語

アンドリュー・リーのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アンドリュー・リーのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアンドリュー・リー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS