高豊村とは? わかりやすく解説

高豊村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/02 03:47 UTC 版)

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たかとよむら
高豊村
廃止日 1955年3月1日
廃止理由 編入
現在の自治体 豊橋市
廃止時点のデータ
日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
渥美郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 26.96km2.
総人口 4,797
(1950年10月1日)
隣接自治体 豊橋市、渥美郡老津村杉山村二川町
高豊村役場
所在地 愛知県渥美郡高豊村大字伊古部字多岸田1-1
座標 北緯34度39分52秒 東経137度22分58秒 / 北緯34.66458度 東経137.38269度 / 34.66458; 137.38269座標: 北緯34度39分52秒 東経137度22分58秒 / 北緯34.66458度 東経137.38269度 / 34.66458; 137.38269
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高豊村(たかとよむら)は、愛知県渥美郡にあったである。現在の豊橋市南西部に該当する。

渥美半島の村であり、太平洋遠州灘)に面する。村名は、豊南村と高根村から一文字ずつ取った合成地名である。

沿革

  • 江戸時代末期、この地域は天領旗本領、寺社領などであった。
  • 1878年明治11年) -
    • 上細谷村、下細谷村、小島村、小松原村、寺沢村、西七根村、東七根村が合併し、五並村となる。
    • 城下村、高塚村、赤沢村、万場新田、西伊古部村、東伊古部村が合併し、豊南村となる。
  • 1884年(明治17年) -
    • 五並村が上細谷村、下細谷村、小島村、小松原村、寺沢村、七根村(旧・西七根村、東七根村)に分立する。
    • 豊南村から高塚村(旧・城下村、高塚村)と伊古部村(旧・西伊古部村、東伊古部村)が分立する。
  • 1889年(明治22年)10月1日 -
    • 高塚村と七根村が合併し、高根村となる。
    • 豊南村と伊古部村が合併し、豊南村となる。
  • 1906年(明治39年)8月31日 - 高根村豊南村が合併し、高豊村となる。
  • 1955年昭和30年)3月1日 - 豊橋市に編入される。

学校

神社・仏閣

  • 八柱神社
  • 御厨神社
  • 東光寺
  • 大円寺

参考文献

  • 高豊史編纂委員会 『高豊史』 高豊史編纂委員会、1982年。

脚注

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関連項目





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