開催国決定の経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/13 11:15 UTC 版)
「2016 AFFスズキカップ」の記事における「開催国決定の経緯」の解説
2013年12月21日にミャンマーとフィリピンの共催で決定した。両国ともに東南アジアサッカー選手権グループリーグの開催国となるのは史上初の事であった。 2016年2月にフィリピンサッカー連盟は、リサール・メモリアル・スタジアムに問題があって、代替地が見つからない事から主催を返上、マレーシア、シンガポール、ベトナムが代わりに名乗りを上げた。3月7日にマレーシアを共催候補とする事で決定し、同月11日までにフィリピン側にフィリピン・スポーツ・スタジアムの使用権を確保出来なかった場合、ミャンマーとマレーシアで共催という形になった。最終的にはフィリピンが両スタジアムを確保出来たため、フィリピンとミャンマーで開催する事となった。
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