金森南塘とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 金森南塘の意味・解説 

金森南塘

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/03/15 04:24 UTC 版)

金森 南塘(かなもり なんとう、文政6年(1823年)11月‐明治37年(1904年8月31日)は明治時代の日本画家

来歴

文政6年11月、山内林斎の弟に生まれる。名可清。春木南湖の門人。あるいは嶋田南山の門人ともいわれ、人物画をよくする。明治26年(1893年)の日本青年絵画協会第2回絵画共進会に「年中行事」を出品、明治27年(1894年)の日本青年絵画協会第3回絵画共進会に「内福外鬼図」を出品、この作品が三等褒状を受けており、明治28年(1895年)の日本青年絵画協会第4回絵画共進会にも作品を出品している。明治29年(1896年)の日本絵画協会第1回絵画共進会に「大久保機警」を出品して二等褒状、明治30年(1897年)の日本絵画協会第2回絵画共進会に「百福」を出品、三等褒状を受け、また、翌明治31年(1898年)の日本絵画協会第4回絵画共進会にも「百福」を出品して活躍している。養子に金森南耕がいる。

参考文献

  • 日本美術院百年史編集室編 『日本美術院百年史』一巻上(図版編) 日本美術院、1989年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「金森南塘」の関連用語

金森南塘のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



金森南塘のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの金森南塘 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS