道場田・小川城遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/18 16:05 UTC 版)
「小川城 (駿河国)」の記事における「道場田・小川城遺跡」の解説
城跡は水田地帯となっていたが、1979年(昭和54年)から、当地での土地区画整理事業に伴う発掘調査が行われ、小川城の遺構が検出された。城跡だけでなく、下層に古墳時代(5世紀後半)の小区画水田遺構や遺物包含層を持つため、「道場田・小川城遺跡」と呼ばれる。城は長辺約150メートル、短辺約90メートルの長方形をした単槨式城館で、幅15メートルの堀が四方を巡り、土橋状の虎口も検出された。堀の内部は少なくとも3つの区画に分かれ、その内の一区画では南向きの掘立柱建物が見つかり、主殿と見られている。周辺からは15世紀後半から16世紀前半にかけての陶器や、中国大陸からの輸入青磁など贅沢品を含む遺物が出土し、城外の集落遺構と比べて出土品の質の差が大きく、長谷川氏の繁栄を物語るものだったという。
※この「道場田・小川城遺跡」の解説は、「小川城 (駿河国)」の解説の一部です。
「道場田・小川城遺跡」を含む「小川城 (駿河国)」の記事については、「小川城 (駿河国)」の概要を参照ください。
- 道場田小川城遺跡のページへのリンク