結城氏とは? わかりやすく解説

結城氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/15 13:52 UTC 版)

結城氏(ゆうきし)は、日本氏族平安時代末期から戦国時代にかけて、主に下総で活動した大身通字として「」(とも)や「」(ひろ)が名前に用いられている。


注釈

  1. ^ 4代目時広は12歳前後(広綱の没年に諸説あり)、5代目貞広は2歳、6代目朝祐は1歳、7代目直朝は12歳、8代目直光(直朝の弟)は16歳で家督を継承している。
  2. ^ 両結城・小山氏は家紋が同一のため、同士討ちを避けるためという。
  3. ^ 『茂木文書』「建武三年十二月日茂木知貞軍忠状」(『大日本史料』第六編三所収[5]
  4. ^ 結城氏に関する論文集である『シリーズ・中世関東武士の研究 第八巻下総結城氏』(荒川善夫 編著、戒光祥出版、2012年)ISBN 978-4-86403-069-4 の巻末系譜(作成者:荒川)では、こうした研究を反映させる形で結城成朝以後を「12代成朝・13代基景・14代氏広・15代政朝・16代政直・17代政勝・18代晴朝・19代朝勝・20代秀康」と記述している。
  5. ^ 母は安保実光娘。
  6. ^ 母は二階堂行忠娘。
  7. ^ 母は宇都宮成綱娘[15]
  8. ^ 母は宇都宮成綱娘[15]

出典

  1. ^ 『吾妻鏡』正治元年10月27日条。
  2. ^ 松本 2010, 第2章 寒河尼.
  3. ^ 白河集古苑所蔵『白河結城家文書』「正月十八日後醍醐天皇綸旨案」(なお、同文書中に「元弘三年」の注記が挿入されているが、実際には天皇の京都復帰後の「元弘四年(建武元年)」が正しいとされている)
  4. ^ 髙橋 2010, pp. 20–23.
  5. ^ 史料編纂所 1903, pp. 913–915.
  6. ^ 髙橋 2010, pp. 23–24.
  7. ^ 荒川 2012, p. 15.
  8. ^ 荒川 2012, p. 16.
  9. ^ a b 荒川 2012, p. 25.
  10. ^ 髙橋 2010, pp. 119–140.
  11. ^ 伊從保美 (2005年). “前橋藩・川越藩(松平氏)と厚木市域”. 厚木の大名. 2008年12月14日閲覧。『文化武鑑』の画像があり、川越藩主松平家の家紋として巴紋と桐紋が描かれている。
  12. ^ 結城市史編さん委員会 1980, pp. 251, 378, 548–549, 555, 763, 825–846.
  13. ^ 尊卑分脈 1903, pp. 78–81.
  14. ^ 益子町史編さん委員会 1985, pp. 704, 713–715, 726.
  15. ^ a b 益子町史編さん委員会 1985, pp. 726.
  16. ^ 髙橋 2010, pp. 72–77.






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