石井定彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/10 05:42 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動石井 定彦(いしい さだひこ、1848年(嘉永元年3月[1][2]) - 1934年(昭和9年)2月4日[3][3])は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。
経歴
讃岐国三野郡(のち香川県三豊郡本山村→豊中村→豊中町、現・三豊市)生まれ[1]。漢学を学ぶ[2]。小学校教員、愛媛県会議員、大区会議員、同議長、戸長、村農会長、香川県教育会商議員、同副議長となる[3]。
1890年の第1回衆議院議員総選挙において香川5区から立憲改進党所属で立候補するが落選した[4]。1892年の第2回衆議院議員総選挙では議員集会所から立候補して当選した[5]。1894年3月の第3回衆議院議員総選挙では立憲改進党から立候補して落選した[6]。同年9月の第4回衆議院議員総選挙でも落選した(立憲改進党)[7]。衆議院議員を1期務めた。1934年に死去した。
脚注
参考文献
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