狐のミイラの小祠の由緒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/08 15:11 UTC 版)
「西高井戸松庵稲荷神社」の記事における「狐のミイラの小祠の由緒」の解説
昔、当社の西側に円光寺という寺があり、そのそばの大きな築山に狐が穴を掘って子狐を育てていた。しかし明治30年ごろ、円光寺が廃寺となり、築山を取り去ることとなった。そのため親狐は子狐と別れなければならなくなり、その悲しみのあまり前足を加えたままの姿で拝殿の床下から発見された。そこで昭和9年に西高井戸・松庵稲荷神社を合祀するにあたり、本殿を造営し、さらに昭和36年末社を建て、古来からお稲荷様のお使い姫として言い伝えられているこの狐を祀るようになったといわれている。 現在このミイラは鳥居をくぐって左手にあるほこらに安置されている。ミイラは前足を口にくわえた状態のまま真綿の上に置かれているが、その姿を見ることはできない。 また、ほこらの前には、奉納された大小さまざまな狐の置物がたくさん並べられている。
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