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片山秀太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/21 14:57 UTC 版)

片山秀太郎

片山 秀太郎(かたやま ひでたろう、1881年明治14年)1月21日[1]1959年昭和34年)12月9日[2])は、明治末から昭和前期の台湾総督府官僚弁護士政治家衆議院議員立憲政友会)。

経歴

福岡県企救郡曽根村(現:北九州市小倉南区)で[3][4]片山勝太郎の長男として生まれた[5]。1899年(明治32年)豊津中学校(現:福岡県立育徳館中学校・高等学校)を首席で卒業[4]1905年(明治38年)、京都帝国大学法科大学独法科を卒業。文官高等試験に合格し[3]台湾総督府税務官、専売局事務官参事官総督官房調査課長、内務局学務課長、台湾総督府高等商業学校長を歴任した[3][5]。その後、弁護士を開業した[4]

1936年(昭和11年)2月、第19回衆議院議員総選挙(福岡県第4区、立憲政友会公認)に出馬し、当選を果たした[6]

その他、日露協会学校[7]専修大学教授を務めた[2]

栄典

脚注

  1. ^ 衆議院『第69回帝国議会衆議院議員名簿』、1936年。
  2. ^ a b 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』174頁。
  3. ^ a b c 『衆議院要覧(乙)』223頁。
  4. ^ a b c 『増補 新豊前人物評伝』276頁。
  5. ^ a b 『人事興信録 第11版(上)』カ112頁。
  6. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第19回』537頁。
  7. ^ 哈爾賓学院関係一件 第二巻3.教員任免報告 アジア歴史資料センター
  8. ^ 『官報』第3415号「叙任及辞令」1924年1月14日。

参考文献

  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第19回』衆議院事務局、1936年。
  • 『衆議院要覧(乙)昭和十一年十二月』衆議院事務局、1936年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第11版(上)』人事興信所、1939年。
  • 中村十生『増補 新豊前人物評伝』新豊前人物評伝刊行会、1978年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 哈爾賓学院関係一件 第二巻 3.教員任免報告」 アジア歴史資料センター Ref.B04012229600 


先代
隅本繁吉
台北高等商業学校校長
1920年 - 1923年
次代
豊田勝蔵



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