泉谷寺_(横浜市)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 泉谷寺_(横浜市)の意味・解説 

泉谷寺 (横浜市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/23 09:08 UTC 版)

泉谷寺
所在地 神奈川県横浜市港北区小机町256
位置 北緯35度30分21.7秒 東経139度35分06.7秒 / 北緯35.506028度 東経139.585194度 / 35.506028; 139.585194座標: 北緯35度30分21.7秒 東経139度35分06.7秒 / 北緯35.506028度 東経139.585194度 / 35.506028; 139.585194
山号 松亀山
院号 本覚院
宗派 浄土宗
創建年 大永3年(1523年
開山 見誉
開基 二宮織部正
札所等 旧小机領三十三所子歳観音霊場初番札所
法人番号 8020005000424
泉谷寺
泉谷寺 (神奈川県)
テンプレートを表示

泉谷寺(せんこくじ)は、神奈川県横浜市港北区にある浄土宗寺院

歴史

1523年大永3年)、北条氏綱家臣だった二宮織部正の開基である。当寺の前身として元亨年間(1321年 - 1324年)創建の本覚院があったが、二宮織部正が父の菩提を弔うために現在地に移して整備し、「泉谷寺」の寺号を与えたものである[1]

後北条氏及び徳川氏江戸幕府)の保護を受け、寺運興隆した。江戸時代には触頭に指定され、葵紋の使用が許されている[1][2]

当寺の杉戸には絵が描かれている。作者は歌川広重である。親族が当寺の住職を務めていた縁による。1928年昭和3年)に野口米次郎によって発見され紹介された[2]

文化財

  • 板絵著色山桜図(神奈川県指定重要文化財 昭和33年1月14日指定)[3]

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会 編『神奈川県の歴史散歩 上(歴史散歩14) 川崎・横浜・北相模・三浦半島』山川出版社、2005年、66-67p
  2. ^ a b 小机の今昔を歩く大倉精神文化研究所
  3. ^ 神奈川県文化財目録(市町村別)神奈川県、3p

参考文献

  • 神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会 編『神奈川県の歴史散歩 上(歴史散歩14) 川崎・横浜・北相模・三浦半島』山川出版社、2005年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  泉谷寺_(横浜市)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「泉谷寺_(横浜市)」の関連用語

泉谷寺_(横浜市)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



泉谷寺_(横浜市)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの泉谷寺 (横浜市) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS