江戸時代からの新発田川
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/13 01:05 UTC 版)
加治川から新発田川を分流(旧川道を利用)加治川の江口付近から新発田市街地の上手まで水路を形成した。(現在は大月の頭首口) ここに堰を作り新発田川を二筋に分流。この堰を大堰と呼んだ。 大堰で分流した川本流:上鉄砲町-清水谷-寺町-上町、下町-西ヶ輪-尾上町-築留-中曽根と流れる。 分流:上鉄砲町-寺町-八軒町裏-外ヶ輪裏-新井田と流れる。
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