武者小路実建
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武者小路実建(むしゃのこうじ さねたけ、文化7年(1810年)2月30日 - 文久3年(1863年)6月24日)は、幕末の公卿。
安政5年(1858年)、日米修好通商条約締結に反対し、嫡男の武者小路公香とともに廷臣八十八卿列参事件に参加した。
官歴
- 文化10年(1813年):従五位下
- 文化14年(1817年):従五位上
- 文政4年(1821年):正五位下
- 文政7年(1824年):尾張権介
- 文政8年(1825年):従四位下
- 文政12年(1829年):従四位上
- 天保4年(1833年):正四位下
- 天保10年(1833年):侍従
- 天保13年(1836年):左権少将
- 天保14年(1837年):但馬権介
- 弘化4年(1847年):近江介、権中将
- 嘉永4年(1851年):従三位
- 安政2年(1855年):正三位
系譜
- 父:武者小路公隆
- 子:武者小路公香
出典
- 坂本武雄『公卿辞典』七丈書院、1944年。
- 黒板勝美『公卿補任』吉川弘文館、2000年。
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