松平定晴とは? わかりやすく解説

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松平定晴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/04 14:07 UTC 版)

松平 定晴(まつだいら さだはる、明治18年(1885年1月11日[注釈 1] - 昭和28年(1953年2月7日[1])は、明治時代の華族定綱久松松平家15代。正四位[2]

生涯

明治18年(1885年1月11日、元伊勢国桑名藩主・松平定敬とその側室である別所儀兵衛の娘の息子松平和雄として誕生した。1899年、松平定教の婿養子となり、同年、家督を継承し、定晴に改名する。

家族

父母

子女

  • 定光
  • 誠子(公爵 毛利元道の妻)
  • 順子(大村徳敏の長男大村泰敏の妻、その後、ウォルター・フィニーの妻[3]
  • 実年子(杉孫七郎の息子杉七郎の妻)
  • 定康

脚注

注釈

  1. ^ 『平成新修旧華族家系大成』下巻では1月21日生まれ。

出典

日本の爵位
先代
松平定教
子爵
桑名松平家2代
1899年 - 1947年
次代
華族制度廃止



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