本草会活動
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文久元年(1861年)8月1日から海紅亭と号して物産会を行った。明治7年(1874年)5月10日松原通不明門の大火で本家読書室が焼失すると、明治8年(1875年)2月新居を建て、明治9年(1876年)10月10日本草会を引継ぎ、以降毎月15日に開いた。 明治20年(1887年)11月聚芳社を創立し、後に博物会と改称された。
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