朝汐太郎 (初代)
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朝汐 太郎(あさしお たろう、元治元年11月28日[2](1864年12月26日) - 大正9年(1920年)8月26日)は、伊予国宇和郡出身で高砂部屋(入門時は押尾川部屋)に所属した大相撲力士。本名は杉本→増原 太郎吉(ますはら たろきち)。最高位は大関(現役中に1日限りの横綱免許)。身長179cm、体重102kg。得意手は左四つ、上手投げ、寄り。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o “朝汐 太郎(1864-1920)”. ほっと de 西伊予. ぴぃぷる 歴史上の人物. 八幡浜・大洲地区広域市町村圏組合. 2018年10月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月2日閲覧。
- ^ a b “朝汐太郎(初代) あさしお-たろう”. 講談社 (2015年9月). 2018年11月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年11月2日閲覧。
- ^ a b c ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p17
- ^ “八幡浜出身名力士の前田山、朝汐 地元で企画展”. 愛媛新聞. (2014年10月5日). オリジナルの2014年10月8日時点におけるアーカイブ。 2018年11月3日閲覧。
- ^ ベースボールマガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(3) 高砂部屋』p37
- ^ 出羽海秀光・ 高永武敏『近世大関物語』 (恒文社、1981年)
- ^ “初代朝汐VS谷ノ音 - 相撲史に関心・興味のある方どうぞ”. 初代朝汐VS谷ノ音 - 相撲史に関心・興味のある方どうぞ. 2020年7月15日閲覧。
- 1 朝汐太郎 (初代)とは
- 2 朝汐太郎 (初代)の概要
- 3 主な成績
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