明治 - 大正 歓楽街時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 14:01 UTC 版)
「長者町繊維街」の記事における「明治 - 大正 歓楽街時代」の解説
文化・文政年間(1804年-)から天保年間の頃、上長者町界隈を拠点とする芸者が現れ、長者町は繁華街として最初の黄金期を迎える。1873年(明治6年)に長者町盛栄連が結成されると、河文、御納屋、近直、魚半、大又、近又、河内屋などの料理屋がひしめき、長者町筋だけでも5カ所の人力車の詰め所が生まれた。1914年(大正3年)には置き屋が34軒あり、80人の芸者が客を迎えた。
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