張鷟とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 張鷟の意味・解説 

張鷟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/19 08:44 UTC 版)

張 鷟(ちょう さく、顕慶2年(657年[1][2][3]/顕慶3年(658年[要出典] - 開元18年(730年))は、唐代文学者官僚。『遊仙窟』の著者として知られる。は文成。号は浮休子[4]本貫深州陸沢県[5][6]

経歴

聡明で機智に富み、読破しない書物はなかった。児童のとき、夢に紫色の大鳥を見て、五彩が文を成していたことから、その名と字を取ったとされる。進士に及第し、岐王府参軍に任じられた。さらに八挙に応じ、いずれも甲科に登第し、長安県尉となり、鴻臚寺丞に転じた。水部郎中の員半千に張鷟の文は青銭のようだと評され、「青銭学士」と呼ばれた。しかしかれの度量は狭く、士行を持さなかったので、方正な人に憎まれ、とくに姚崇に軽んじられた。開元初年、張鷟は御史の李全に弾劾されて罪に問われ、嶺南に流された。刑部尚書の李日知に弁護され、玄宗の勅命により近所に移された。開元年間、入朝して司門員外郎として死去した。当時の新羅日本の人々は、かれの文章を珍重して、入唐するたびに金宝を出して贖い、持ち帰った[7][8]

著書に『遊仙窟』のほか、『朝野僉載』20巻[9]・『才命論』1巻[10]・『龍筋鳳髄判』10巻[11]があった。

孫に張薦があった。

脚注

  1. ^ 遊仙窟 / 張文成 作”. www.wul.waseda.ac.jp. 2025年6月29日閲覧。
  2. ^ 古典籍総合データベース”. www.wul.waseda.ac.jp. 2025年6月29日閲覧。
  3. ^ 朝野僉載 / 張鷟 撰”. www.wul.waseda.ac.jp. 2025年6月29日閲覧。
  4. ^ デジタル大辞泉,世界大百科事典内言及. “張鷟(チョウサク)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2025年7月19日閲覧。
  5. ^ 旧唐書 1975, p. 4023.
  6. ^ 新唐書 1975, p. 4979.
  7. ^ 旧唐書 1975, pp. 4023–4024.
  8. ^ 新唐書 1975, pp. 4979–4980.
  9. ^ 新唐書 1975, p. 1485.
  10. ^ 新唐書 1975, p. 1618.
  11. ^ 宋史』芸文志六

伝記資料

参考文献




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  張鷟のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「張鷟」の関連用語

張鷟のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



張鷟のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの張鷟 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS