常磐橋 (高松市)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 常磐橋 (高松市)の意味・解説 

常磐橋 (高松市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/15 05:10 UTC 版)

Jump to navigation Jump to search
常磐橋
基本情報
日本
所在地 香川県高松市
交差物件 栗林公園外堀
座標 北緯34度19分47.8秒 東経134度2分45.63秒 / 北緯34.329944度 東経134.0460083度 / 34.329944; 134.0460083
構造諸元
形式 桁橋
材料 石橋
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
テンプレートを表示

常磐橋(ときわばし)とは、香川県東部の高松市栗林町1丁目に架けられている短いである。国の特別名勝栗林公園」のに架けられており、公園の主要な入口である東門として機能している。

本項目では、この橋の前身として、かつて玉藻城外堀(現在の高松市高松中央商店街片原町・兵庫町・丸亀町3町合同ドーム付近)に架けられていた、同名の橋についても解説する。

概要

現在は栗林公園東門へ入る橋として機能しているが、江戸時代には現在地より北へ約1.9km地点の高松城外堀に架けられ、城と城下町を隔てる橋として機能していた。同時に高松城と讃岐国全土を結ぶ5本の街道全ての起点となる交通の要衝であった。

その旧橋跡地は現在、丸亀町・片原町・兵庫町の各商店街が交わる三町ドームから高松中央郵便局高松三越の間の道路(歩行者専用道路)にあたり、2011年12月、由緒を記した石碑が設置された(地図)。

旧・常磐橋

高松市丸亀町の常磐橋跡。奥が三町ドーム。

江戸時代には高松城の外堀に架けられていた木桁橋であった。外堀は現在の兵庫町・片原町商店街とその北側に平行する路地の間に存在し、最大幅は11間(約20m)であった。

高松城の外堀には東から「東の土橋」、「両町橋」、「蛇の目橋」、「常磐橋」、「八雲橋」、「西の土橋」などいくつかの橋が架けられていたが[1]、この常磐橋はその中心であり、志度街道・長尾街道・仏生山街道・丸亀街道(現・高松市国分から伊予街道が分岐)・金毘羅街道の讃岐五街道の起点となる交通の要衝であった[2]

その街道跡は現在それぞれ片原町商店街(志度街道・長尾街道)、丸亀町商店街(仏生山街道・金比羅街道)、兵庫町商店街(丸亀街道)となっている。

また、橋のたもとには高札が設置されて、現在の三町ドームは「札の辻」と呼ばれていた。

高松城の外堀は明治時代に入ると一部が埋め立てられて幅が狭くなり、それに伴い常磐橋も木桁橋から石橋に架け替えられる。その後外堀が完全に埋め立てられると同時に役目を終えて橋は撤去され、石材の一部が栗林公園東門に移築された。

脚注

  1. ^ 荒井とみ三著「高松今昔物語」
  2. ^ 香川県立図書館

関連項目

外部リンク



このページでは「ウィキペディア」から常磐橋 (高松市)を検索した結果を表示しています。
Weblioに収録されているすべての辞書から常磐橋 (高松市)を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
 全ての辞書から常磐橋 (高松市) を検索

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「常磐橋 (高松市)」の関連用語

常磐橋 (高松市)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



常磐橋 (高松市)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの常磐橋 (高松市) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS