山幸彦と海幸彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 14:37 UTC 版)
邇邇芸命の子は山幸彦と海幸彦である。山幸彦は海幸彦の釣り針をなくしたため、海幸彦に責められる日々を送り、釣り針を500本作っても1000本作っても許してもらえないが海神の宮殿に赴き釣り針を返してもらい、海幸彦に釣り針を返し復讐して従えた。山幸彦は海神の娘と結婚し鵜葺草葺不合命という子をなした。そして、鵜葺草葺不合命の子が神倭伊波礼毘古命、のちの神武天皇である。
※この「山幸彦と海幸彦」の解説は、「日本神話」の解説の一部です。
「山幸彦と海幸彦」を含む「日本神話」の記事については、「日本神話」の概要を参照ください。
山幸彦と海幸彦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/15 08:08 UTC 版)
山幸彦と海幸彦の段では、火照命または火須勢理命(海幸彦)の釣針をなくして困っていた火遠理命(山幸彦)が、塩土老翁の助言に従って綿津見大神(豊玉彦)のもとを訪れ、綿津見大神の娘である豊玉毘売と結婚している。二神の間の子である鵜葺草葺不合命は豊玉毘売の妹である玉依毘売に育てられ、後に結婚して若御毛沼命(神倭伊波礼琵古命・かむやまといわれひこ)らを産んでいる。綿津見大神の出自は書かれていないが、一般にはオオワタツミと同一神と考えられている。
※この「山幸彦と海幸彦」の解説は、「ワタツミ」の解説の一部です。
「山幸彦と海幸彦」を含む「ワタツミ」の記事については、「ワタツミ」の概要を参照ください。
Weblioに収録されているすべての辞書から山幸彦と海幸彦を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。

- 山幸彦と海幸彦のページへのリンク