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尹在旭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/10 13:40 UTC 版)

尹 在旭(ユン・ジェウク、朝鮮語: 윤재욱1910年8月25日 - 1996年6月2日)は、日本統治時代の朝鮮および大韓民国歯科医師政治家制憲・第3代韓国国会議員[1]本貫坡平尹氏朝鮮語版[2]

経歴

京畿道安城郡出身。YMCA学院、ピアソン高等聖経学院(現・平沢大学校)卒。歯科医師試験に合格した後は歯科医師として勤め、中央歯科医院の院長を務めた[3]。解放後は大韓独立促成国民会永登浦支部副委員長、永登浦区洞連合会会長、韓国光復青年会永登浦特別支会委員長、朝鮮赤十字社ソウル支社常任理事、大韓労総永登浦連盟体育会顧問、永登浦新聞記者協会顧問、学連顧問、大同青年団永登浦区団長・本部常任委員、ソウル歯科医師会会長、自由党中央委員・青年部長・中央政治訓練院長署理を務めた。1948年の初代総選挙の後に民国党に参加したが、1950年の第2代総選挙で落選した後に離党した[4]。その後、自由党にも参加し、さまざまな役職を務めたが、1953年12月に除名された[5]。政界引退後はまた歯科医として勤め、制憲同志会長、憲政会副会長、大韓歯科医師会副会長も務めた[1][6][7]

1996年6月2日、ソウルの江南聖母病院で持病により死去。87歳没[7]

脚注

  1. ^ a b 대한민국헌정회”. www.rokps.or.kr. 2025年4月10日閲覧。
  2. ^ 정복규의 한국성씨를 찾아서❾ -파평윤씨(坡平尹氏)”. 신아일보 (2011年8月9日). 2025年4月10日閲覧。
  3. ^ 醫療界(의료계)의重鎭(중진)들”. NAVER Newslibrary. 조선일보 (1938年12月7日). 2025年4月10日閲覧。
  4. ^ 尹氏民國黨脫黨(윤씨민국당탈당)”. NAVER Newslibrary. 경향신문 (1950年6月17日). 2025年4月10日閲覧。
  5. ^ 李總裁(이총재)도承認(승인) 自由黨八氏除名(자유당팔씨제명)”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1953年12月12日). 2025年4月10日閲覧。
  6. ^ 근현대인물자료 < 한국 근대 사료 DB”. db.history.go.kr. 2025年4月10日閲覧。
  7. ^ a b 제헌의원 윤재욱씨 별세”. NAVER Newslibrary. 한겨레 (1996年6月4日). 2025年4月10日閲覧。



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