小田原大久保子爵家
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 06:33 UTC 版)
小田原藩の最後の藩主大久保忠良は、1869年(明治2年)の版籍奉還で知藩事に転じたのを経て、1871年(明治4年)の廃藩置県まで務めた。華族制度の発足とともに華族に列し、大久保忠礼の代の1884年(明治17年)に華族令施行により子爵家に列した。小田原大久保子爵家の邸宅は東京市麻布区宮村町にあった。
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