富谷千太郎とは? わかりやすく解説

富谷千太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/27 08:56 UTC 版)

富谷 千太郎
とみたに せんたろう
生年月日 1858年2月5日
出生地 鳥取県西伯郡余子村大字竹内
(現境港市竹内町)
没年月日 (1924-10-23) 1924年10月23日(66歳没)
親族 富谷栄(第11代余子村長)

初代余子村
在任期間 1889年11月 - 1891年3月

余子村会議員
在任期間 1889年 -
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富谷 千太郎(とみたに せんたろう、安政5年2月5日1858年3月19日) - 大正13年(1924年10月23日)は、日本茶人政治家余子村長(初代)、余子村会議員。

経歴

竹内村(のち鳥取県境港市竹内町)出身。父喜七郎は醤油醸造をはじめ手広く事業をやっており、元治元年(1864年)の外江大火には醤油を見舞ったという[1]。また村役人を務めた記録もある[1]

千太郎は初代村長として余子尋常小学校を開校し、明治23年(1890年竹内村津山長四郎宅に役場を移転した[1]

いつのころか家業に失敗し、その後は煮干鰮製造や養鶏等を手掛けた[1]

またお茶やお花の宗匠でもあり、この道を海外で広めようと渡米したが、時期尚早で目的成らず帰国した[1]

晩年は、余子駅西方の松林に茶室を建てて老後を楽しみ、弟子も多かった[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f 『境港市史』(上巻) 昭和61年、548頁

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