安養寺 (富士宮市)とは? わかりやすく解説

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安養寺 (富士宮市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 09:12 UTC 版)

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安養寺

杉田安養寺
所在地 静岡県 富士宮市杉田489
位置 北緯35度13分06.4秒 東経138度39分32.3秒 / 北緯35.218444度 東経138.658972度 / 35.218444; 138.658972
山号 般若山
宗派 曹洞宗
創建年 延暦三壬戌年(782年-784年)(伝)
開基 雲中慶公
中興年 元享年間(1321年-1324年
天文年間(1532年-1555年
中興 雲峰智長
法人番号 1080105003303
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安養寺(あんようじ)は、静岡県富士宮市杉田にある曹洞宗仏教寺院

歴史

本堂

安養寺に伝わる明細帳によると[注釈 1]、創立は延暦三壬戌年(782年-784年)とある。その後14世紀に雲中慶公僧が再開基したといい、また16世紀には秀睦苗公僧が入り臨済宗へと改宗したという。その後まもなくして雲峰智長和尚が入り曹洞宗へと改宗したという[2]

中世は今川氏豊臣氏による庇護を得ており、同氏による発給文書が確認される[3][原 1][原 2][原 3][原 4]

明治時代には末寺を7箇寺持ち[4]、現在も曾我寺[注釈 2]等を末寺としている[6][7]。またかぐや姫説話を含む『富士山縁起』が伝来している(富士山とかぐや姫)。

伝説・伝承

狸和尚の石像

安養寺には民間伝承・伝説の説話が複数伝わっている[8]

  • 狸和尚系

安養寺はが持つところであり、また近くには狢の標語や題目が記された「むじな塚」があった。ただ狢(特にとされる)にとって犬は恐れの対象であった。お経や葬式のような重要な用事がある際は必ず塚に登り、犬が居ないことを確認できた場合のみ安養寺に戻り支度をした。一方犬が居た場合は動かなかったというものである。いくつかの系統があるとされる。

  • 猫檀家系

猫檀家に関わる伝承もある。内容は時の和尚が猫を可愛がっていたが、あるとき行方が分からなくなってしまった。十年が過ぎた頃、十歳ばかりの小僧が寺を訪れた。その小僧は和尚に対し礼を述べたが和尚は覚えがなかったので問うと、小僧は「昔可愛がってもらった猫である」という旨を述べた。また小僧は、和尚の名を上げるために和尚の前で奇跡的な事象を起こすと宣言した後に消えていった。その三日後に実際にそれが起こったというものである。

所蔵・伝来物

  • 富士山大縁起

かぐや姫説話を含む富士山縁起の一種である。曹洞宗としての開基である雲峰智長和尚から数えて四代目が書写したとあり、寛永16年(1639年)のことである[9]。 富士山南麓の各寺社にはかぐや姫説話を含む富士山縁起が伝わり、富士宮市や富士市はその舞台の地である。安養寺本『富士山大縁起』はかぐや姫を「赫夜姫」と記している[10]

  • 土偶

富士宮市指定文化財(1982年)。幕末に安養寺の裏側で用水工事を行った際に出土したものと伝わり、杉田中村遺跡のものであるとされる。縄文時代の特徴を有している[11]

脚注

注釈

  1. ^ 『駿河国富士郡杉田村曹洞宗安養寺明細帳』[1]
  2. ^ 静岡県富士市久沢。同市内に同名の寺院が存在したため、昭和31年(1956年)に鷹岳山福泉寺より名を曽我寺へと改めた[5]

原典

  1. ^ 『戦国遺文』今川氏編第2巻 1282号文書
  2. ^ 『戦国遺文』今川氏編第3巻 1863号文書
  3. ^ 『戦国遺文』今川氏編第3巻 2000号文書
  4. ^ 『豊臣秀吉文書集』4巻 3543号文書

出典

  1. ^ 植松(2013) p.79
  2. ^ 植松(2013) pp.79-80
  3. ^ 久保田昌希、「戦国大名の交替と寺社-今川から武田へ-」『戦国武将と城』、2014年
  4. ^ 植松(2013) p.97
  5. ^ 渡井(2018) p.4
  6. ^ 植松(2013) p.83
  7. ^ 木村文輝、「静岡県中・東部地方における曹洞宗の廃絶・転宗寺院の歴住世代 (2)」、愛知学院大学文学部紀要 愛知学院大学論叢 文学部紀要 (42)、2012
  8. ^ 『日本伝説大系』第7巻、みずうみ書房、1982
  9. ^ 植松(2013) pp.84・86・89
  10. ^ 植松(2013) pp.77-78
  11. ^ 富士宮市教育委員会、『図録 富士宮市の遺跡』90項、2018年

参考文献

  • 植松章八「杉田安養寺本『冨土山大縁紀』翻刻・解題」『富士山文化研究』第11号、2013年、 62-100頁。
  • 渡井一信「富士山西南麓における曽我八幡宮と縁起」『富士学研究』第15号、2018年、 1-12頁。


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