北村某の家記
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/31 07:09 UTC 版)
「北村某の家記」は、『大阪府全志』に収録されている、旧喜連村の北村某なる人物が所蔵していた文書である。神代から仁徳天皇の治世までは若沼毛二俣王、以後醍醐天皇の延喜17年(917年)までは息長真若麻呂、以後後小松天皇の応永19年(1412年)までは北村治良麻呂の撰と伝え、本来は3巻からなったが、元和年間に兵火で焼失したため、焼け残ったものを補綴して1巻にまとめたものであるという。その内容は、楯原神社の由緒とその創建に関わった息長氏の事績に加えて、喜連村に点在する古塚や字にまつわる伝承がふんだんに盛り込まれており、『大阪府全志』は「口碑は此家記より出しにはあらざるか」と推察している。
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