伊藤哲也_(作家)とは? わかりやすく解説

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伊藤哲也 (作家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2010/11/28 17:44 UTC 版)

伊藤 哲也(いとう てつや)は、会津新選組など幕末本の共著を行っている日本ノンフィクション作家

目次

来歴・人物

埼玉県生まれの埼玉県育ち。立正大学卒業、職務の傍ら歴史関係のサークルや会津関係の学術団体に入会する。歴史研究会在籍時に城郭同好会を設立、城郭同好会は設立後20数年経つ、歴史研究会の「歴史研究」に数回、「全国城めぐり」を連載。2回目からは城郭同好会で分担して連載を行った。各地の城郭を巡るうちに会津若松城に惹かれて、そのうち会津に頻繁に訪れるようになる。会津史談会、会津史学会、そしてTemplate:要出典範囲/会津人以外は当時は入会できなかった。そのため、伊藤哲也は面識のある二人に依頼した会津会に入会。当時は、会津人もしくは会津会の会員推薦がないと入会できなかった。「会津史談」に毎年執筆する。2010年現在、会津史学会の「歴史春秋」への書き込みに尽力している。地方誌(京都、会津、青森)に歴史関連の文章を執筆している。商業誌への執筆も行っている。会津若松市役所からの依頼もあり「会津赤松市史研究第五号」にも執筆している。幕末の文章を執筆していくうちに新選組のサークルにもTemplate:平成9年12月入会していた。新選組友の会、碧血碑、斎藤一の会にも在籍。著作物から様々な新史実が公になった。新選組が大河ドラマ「新選組!」となる以前からの活動である。また、掲載した史料が各所の博物館等で永久所蔵物になっているものもあり個人所有を含めて掲載許可を得て使用したものが多い。伊藤哲也氏は、{{下記著作や引用史料を参考に|新史料を出した。重要な新しい概念、史観を常に生みだしている。これからもである。

 「新選組!」放送を記念して平成16年5月11日に日野高幡不動に子孫、関係者が集まるが「新選組総慰霊大法要出席者名簿」から書き手で来ていたのは釣洋一氏他数名であり、その中に含まれていた。板橋の新選組供養碑を修繕するにあたり呼びかけに応じて協力、名も墓碑の横に刻まれている。今まで活字化されていない「太政類典草稿」の原本を業者に撮影委託して入手後、内容をもとにして会津松平家家名再興のことを書き平成20年4月に会津史談賞と言う賞を受賞。文化財専門委員長や元会長の畑敬之助氏等も受賞している。講演は、何回か行ってきていたが受賞講演でも新史料を公開。平成21年3月11日の講演が、{{『会津史談』|普段は50人から60人位の会津史談会講演会の入場者数が、平成21年度で唯一(活字化だと『会津史談 第80号』251pに70人となっているが)90人を超えたたという。伊藤哲也氏は、様々な新しい史料を出してTemplate:下記の著作等から今までの固定概念から新しい概念を生み出している。

著作

共著

新人物往来社
内容タイトル14「松本喜次郎-会津で散った若き古参隊士」「尾形俊太郎-学士の生涯の謎」[2]
執筆者:伊藤哲也・大蔵素子・菊地明・北村陽子・篠原由美・新堀通子著

松本喜次郎では、新選組で戦死した隊士の埋葬を依頼した当時の過去帳の写真を掲載。尾形俊太郎では、会津若松城下で斎藤一こと山口次郎と一泊した「若松記草稿」を引用、現在の写真をつける。

「箱館戦争における大庭久輔」「新選組に入隊した山浦鉄四郎」[3]
執筆者:伊東成郎・伊藤哲也・近江幸雄・北村陽子・桑島洋一・小井田武・古賀茂作・藤堂利寿・西川英子・森愛子・横田淳著

新選組隊士ということが記録されている古文書が出てきた大庭久輔の概略記。会津藩では娘子軍と名高い中野優子の若い時の写真と喜寿の祝いの写真が見つかり掲載。優子の夫は、新選組隊士になったという山浦鉄四郎。中野優子のこの写真は、以後色々な方々が執筆とかに使用する。函館で近江幸雄が「会津・斗南藩と函館開拓使」に中野優子若いころの写真を転載して評論のテーマともなった。

執筆者:青木更吉・石田孝喜・伊東成郎・伊藤哲也・沖野浩一・菊地明・郡義武・古賀茂作・小島慶三・小島政孝・高橋理子・清水隆・藤堂利寿・冨成博・長屋芳恵・西澤朱美・間島勲・山村竜也・結喜しはや・横田淳・和田晃著
執筆者:石田孝喜・石橋藤雄・伊東成郎・伊藤哲也・稲葉春義・稲葉満里子・今川美玖・近江幸雄・沖野浩一・菊地明・北村陽子・郡義武・小島政孝・坂井いく子・篠原由美・清水隆・清水理恵・新堀通子・藤堂利寿・冨成博・長屋芳恵・永吉治美・野田雅子・山形紘・山村竜也・結喜しはや・横田淳著

事典も様々な新史料を基にして皆が編集したので注目をあびた。

「高田謹慎から斗南在住録」「斎藤一史跡事典」「斎藤一年譜」
執筆者:赤間倭子・伊藤哲也・市居浩一・伊東成郎・菊地明・黒須洋子・藤堂利寿・長屋芳恵・林栄太郎・山村竜也著

高田謹慎中の名簿で斎藤一の変名が「一戸伝八」でなく「一瀬伝八」ということを公開。博物館、図書館の永久所蔵物と前述の古文書はなっている。斗南移住後の明治初期の戸籍も許可を平成14年に得て活字化、画像は違法となる可能性があることから編集長、子孫、書き手の先輩に相談して掲載しないこととした。注目を集めたこととして出版前にこのことについて講演も行っている。 数多くの謎を解いた。斎藤一の初妻についてや上京するまでは戸籍をもとにしている。[8]

「倉澤平治右衛門」「大庭恭平」
執筆者:石田考喜・伊藤哲也・伊藤光子・襲田健・勝田多加志・菊地明・小桧山六郎・佐藤一男・塩谷七重郎・清水理恵・菅敬浩・鈴木滋雄・長谷川和夫・畑敬之助・堀田節夫・前田克己・前田宣裕・間島勲・松本健一・好川之範著

倉澤平治右衛門では、土方歳三の傷の湯治後の戦線復帰を今まで7月とされてきた。新史料を公開して6月としている。大庭恭平の写真や直筆も注目を集めている。これは、{{要出典範囲|地元の新聞で評論されている。土方戦線復帰の地に碑が建てられたことはマスコミにも紹介された。ホームページに掲載している管理人もいる。平成18年10月15日に新人物往来社元編集長・大出俊幸氏も東軍慰霊祭バスツアーで歳三戦線復帰の地を巡った。後に好川之範が「新選組友の会」会報にそのことも書く。地元の新聞又は書籍の「歴史どうなん人物散歩」で北海道史研究協議会会員の近江幸雄氏が大庭恭平のことについて書かれている。なお、好川之範は史遊会にて大庭恭平のことをふまえて講演を行った。

「『取調日誌』隊士名簿」「吉野春山文書」「戊辰己巳心中書置書」「戊辰十月賊将ト応接ノ始末」
執筆者:伊東成郎・伊藤哲也・井上雅雄・菊地明・小島正孝・郡義武・佐藤福子・廣瀬早苗著

高額であるので内容が知られていない点が多い。「取調日記」は新選組で見つかった最後の隊士名簿。一般には知られていなかった土方歳三の戦線復帰を記す。大庭久輔が新選組隊士で唯一人、戦争中に書き残した古文書原本から引用。「戊辰十月賊将ト応接ノ始末」は箱館における歳三の意外な一面という書評(これは、ネット)でうける。ネットだと他にも評論の対象となっていた。{{2006年3月21日|date=2010年11月|「今昔雑記録」[11]

講談社
執筆者:古賀茂作・鈴木亨・市居浩一・伊藤哲也・今川徳三・沖野浩一・片野純恵・菊地明・久住裕子・清水香保里・清水隆・藤堂利寿・長屋芳恵・永吉治美・羽村滋・森実与子・吉田茂・渡邉晃一著

 一般読者が読みやすかったからであろうか

[誰?]、評論のテーマとなり相当の注目をあつめた[いつ?]。大庭久輔の新たな遺品が見つかる。これのみは、新選組大河バブルの中で書いたものである。

雑誌掲載

新人物往来社『月刊歴史読本』に掲載
  • 『新選組最後の戦い』 - 2002年2月号
  • 「新選組と変名--新選組隊士にとって変名とは?元の名を隠さなければならなかった理由とは? -- (新選組異聞--未解決の謎へのアプローチ)」
[13]
掲載執筆者:伊東成郎・山村竜也・菊地明・和田晃・清水隆・伊藤哲也・小島政孝・山本博司・古賀茂作・吉田栄治郎・林原純生・万代修・河合敦・他著
  • 『新選組を巡る女性たち』- 2004年12月号、会津秋まつり 斎藤一忌&新選組まつり[14]
掲載執筆者:伊東成郎・山村竜也・菊地明・和田晃・結喜しはや・古賀茂作・長屋芳恵・久住裕子・新堀通子・篠原由美・清水理恵・小高旭之・白石烈・鵜飼政志・吉岡孝・伊藤哲也・鶴巻孝雄・三野行徳・他著

斎藤一次男子孫の協力もあり、次男の剛の写真を2枚掲載初掲載。江戸時代末期の斎藤一初妻・篠田やその住居跡の古地図初掲載。歳三湯治の不動滝の写真を『歴史読本』に初掲載。確認は会津新選組同好会佐藤局長にお伺いください。藤田剛写真は、藤田家御子孫が伊藤哲也に提供。故・篠田功が伊藤哲也に斎藤一初妻・篠田やその住居跡の古地図を寄贈(文中掲載)。

  • 『近藤・土方・沖田の新選組』- 2004年3月号「会津藩公用方 倉沢平治右衛門の見た幕末京都 -- (新選組研究の新たな眺望)」

[15]

掲載執筆者:伊東成郎・山村竜也・菊地明・和田晃・鵜飼政志・吉岡孝・伊藤哲也・小島政孝・鶴巻孝雄・白石烈・小佐野淳・多賀一史・宮川禎一・桜井孝三・桐野作人・中村武夫・他著

会津藩家老の西郷頼母は、定説と異なり隠居していなく上京して帰郷を藩士たちに述べたおとが記されている貴重な古文書を直訳掲載。写真を掲載してあるが、戊辰戦争中の斎藤一を斗南で同居していたことから藤田五郎と記す。当時、大河バブルのため例年と比較すると着目度が落ちていたようだ。西郷頼母が上京して守護職辞退を迫ったという史実の根拠を掲載。西郷頼母研究筆頭家の堀田節夫は、自分が担当した「西郷頼母」『幕末会津藩士銘々伝下』で今までと異なり新史料に基づき西郷頼母が京都にのぼったということを書き加えられた。伊藤哲也は西郷が上京したということを「会津史談」にも書いて福島県立図書館からも書誌の紹介をうけた。

  • 『永倉新八と「新撰組顛末記」の謎』- 2005年5月号 「特集ワイド1 新視点 永倉新八の再検証/PART1 永倉新八誕生〜浪士組」

[16] (注記 試衛館が存在したのは、現在の柳町であるが、明治10年頃までは甲良町という地名であった。その後、柳町となる。

掲載執筆者:伊東成郎・菊地明・結喜しはや・伊藤哲也・和田晃・長屋芳恵・藤堂利寿・横田淳・新井彗誉・清水理恵・大蔵素子・他著
  • 『幕末京都志士日誌(特集 幕末京都 志士日誌)』- 2006年5月号
高野澄・伊東成郎・菊地明・松岡司・結喜しはや・伊藤哲也・松岡司・長屋芳恵・藤堂利寿・横田淳・一坂太郎・横田淳・石田孝喜・木村幸比古・松尾千歳・冨成博著
  • 「会津藩「京都藩邸日録」 -- (幕末京都 藩邸日録)」[17]
  • 「山本覚馬「京都日誌」<会津藩士> 」[18]

様々な日誌が注目をあびた。なかでも、菊地明氏著の「佐々木只三郎」では只三郎の死去時の史実が書かれている。公文所館から様々な史料を引用。

新人物往来社『別冊歴史読本』に掲載

[19]

「山浦鉄四郎の妻・中野優子の生涯」「斎藤一の変名歴」「松前法華寺と新選組の史実」
掲載執筆者:菊地明・伊東成郎・伊藤哲也・古賀茂作・相川司・藤堂利寿・永吉治美・清水隆・横田淳・山村竜也・山本博司・赤間倭子・長屋芳恵・野田雅子・結喜しはや・久住裕子・和田晃著

中野優子の喜寿の祝いの時の直筆や写真、除籍謄本など初公開の写真史料を掲載。斎藤一が一瀬伝八という古文書の写真も数点掲載。松前の法華寺から松前城を砲撃するための砲台が置かれた正式な場所の写真、墓地配置図、大庭の遺品の写真を掲載した。

[20]

「会津戦争と新選組」
掲載執筆者:菊地明・伊東成郎・中村武夫・小島正孝・鵜飼政志・釣洋一・楠戸義昭・伊藤哲也・西澤朱美他著

[21]

「佐川官兵衛と会津藩朱雀隊」
掲載執筆者:菊地明・松尾千歳・冨成博・横田淳・伊東成郎・郡義武・長屋芳恵・藤堂利寿・高畑朋子・桐山千佳・白石博男・木納博美・伊藤哲也・大原徹・西澤朱美・高木俊介著

喜多方の佐川官兵衛の妻墓と官兵衛供養墓の写真を会津武家屋敷から許可を得て本人の写真を掲載。

その他

  • 『会津史談 第69号』会津史談会 5月号 「幕末期の会津藩江戸屋敷」
  • 『会津史談 第71号』会津史談会 5月号 「会津藩と見性院に関する事」
  • 『会津史談 第72号』会津史談会 5月号 「戊辰戦争から斗南移住後の蒲生夫妻について一考察」所収
  • 『会津史談 第73号』会津史談会 5月号 pp.138 「戊辰己巳心中書置書」所収 福島県関係の書誌の紹介1999 福島県立図書館、PDF

会津藩士で新選組隊士となった大庭久輔の古文書を解読して活字化。新選組隊士が戊辰戦争中に書き残した唯一の記録文。介錯人がその後の事を書き残して子孫に渡したのも活字化。

  • 『会津史談 第76号』会津史談会 5月号 「御守護職以降憶測誌1」

[22] 若年寄とまでなった倉澤右兵衛が後年に書き残した守護職時代から戊辰戦争まで当時の記録を解読して活字化。

  • 『会津史談 第77号』会津史談会 5月号 「御守護職以降憶測誌2」
  • 『会津史談 第78号』会津史談会 5月号 pp.138 「御守護職以降憶測誌3」所収福島県関係の書誌の紹介2004 福島県立図書館、PDF
  • 『会津史談 第79号』会津史談会 5月号 「御守護職以降憶測誌4」
  • 『会津史談 第80号』会津史談会 5月号 「御守護職以降憶測誌5」
  • 『会津史談 第82号』会津史談会 5月号 「会津松平家家名再興の真実」

一次史料の写しでも見つかった時は、新聞に取り上げられている。その一次史料を国立公文書館を始めとして各所から引用して掲載。 埋葬禁止令がなかったことのみ短文で史料の間に書いているが、平成23年4月、「歴史春秋74号」にそれを含んだこと史料(写真付きで)を掲載公開予定。多くが初公開の史料となる。 重要な新しい概念以外の何でもない。

  • 『会津史談 第84号』会津史談会 平成22年「会津戦線における土方歳三の謎を解明」

同人誌「碧血碑」に書き加えたもの。湖南の土方歳三の古文書の掲載は、菊地明氏、伊藤哲也氏、日野市役所のみとされている。歳三が住んだ当時の家の写真や他の書き手には 掲載させないと言われた大和守秀国の写真、新選組が本陣を置いた蔵で建物は壊されたものの現存しているもの、敵味方の区別をするたね浅黄色の頭巾を白河方面ではしていた ことなど他にも真新しいことが書かれている。 会津史談は、会津図書館のライブラリで探索してください。国会図書館にも在庫がありますが、見つけにくいため。 [23]

掲載執筆者:石田明夫・芳賀幸雄・井上昌威・伊藤哲也・栗城好次・海老名俊雄・他著

新たな藤田五郎の名が出てくる謹慎者名簿を何点も引用、中には一瀬伝八、斎藤一の両方の名がある。斎藤は脱走者としての名がありそれについての 史料の写真や解説をつける。阿弥陀寺の建物が一部、解体された時に大正元年に撮影された御三階櫓の当時の写真が出てくる。著者は、会津新選組資料館 から一枚購入していたのを掲載。

  • 『歴史春秋 第66号』「会津人・藤田五郎もう一枚の写真」[24]

藤田五郎子孫の一人から預かっていた斎藤一こと藤田五郎の写真を各人の名前が書かれた上紙の解読とともに撮影された場所や当時の遺構を収めたのを掲載。 これも子孫が掲載許可を出した人が限られている。藤田五郎の写真は一枚でないということを書いたもの。

掲載執筆者:渡部力夫・佐藤一男・井上昌威・伊藤哲也・坂詰智美・川原太郎・芳賀幸雄・他著
*『歴史春秋 第69号』歴史春秋社、「会津藩最後の藩主の墓石の所在地」所収

[25] 今まで所在地が不明であった会津藩最後の藩主の墓石の写真を子孫の許可を得て掲載。なお、場所がどこかは分からないようするように言われたこともあり背景は封印して転載等禁止とした。

掲載執筆者:長谷川慶一郎・大石直正・井上昌威・伊藤哲也・井関鉄雄・大竹邦洋・他著
  • 『歴史春秋 第71号』歴史春秋社、「京都合戦記」

[26] 掲載執筆者:掲載執筆者:野口信一・伊藤光子・池上晃次・大場美弥子・森田慶一・鈴木景二・伊藤哲也・ 海老名俊雄・小関栄助・芳賀幸雄・他著 著者本人の体験談が書かれた史料を松平家が所有していたが、会津図書館に寄贈。この古文書で解読されたものを色々と解説をつけていったもの。池田屋事変等のことも記されている。

掲載執筆者:掲載執筆者:小林昭二・猪俣柱次・間島勲・坂内三彦・長谷川和夫・大塚實・安藤紫香・酒井民樹・玉川圭佑・羽染健一・栗城好次・伊藤哲也・星甚恵著

上記、自著の部分は抜冊で一冊の本にしてあります。

写真提供

  • 『三百藩戊辰戦争事典 上巻』新人物往来社編
  • 『会津藩戊辰戦争写真集』新人物往来社

寄稿

  • 『流れる五戸川』寄稿
  • 『京都会津会記念号』寄稿

その他etc

協力

  • 『斎藤一の謎』赤間倭子著 新人物往来社
  • 『京都見廻組史録』菊地明著 新人物往来社

その他etc

受賞

『会津史談』82号『会津松平家の真実』において2008年、会津史談賞を受賞。福島県立図書館で探索すると目次が掲載されており、受賞したということがわかる。 [28] [29]


脚注

  1. ^ 新選組銘々伝 第一巻、執筆者情報 国立国会図書館データベース
  2. ^ 「新選組銘々伝 第1巻」詳細情報 日野市立図書館データベース
  3. ^ 『新選組研究最前線 下巻』国立国会図書館データーベース
  4. ^ 『新選組大人名事典 上巻』国立国会図書館データーベース
  5. ^ 『新選組史跡事典 東日本編』国立国会図書館データーベース
  6. ^ 『新選組史跡事典 西日本編』国立国会図書館データーベース
  7. ^ 『斎藤一のすべて』国立国会図書館データーベース
  8. ^ 日野新選組同好会の歴史・平成15年7月15日
  9. ^ 『幕末・会津藩士銘々伝』国立国会図書館データーベース
  10. ^ 『続・新選組史料集』国立国会図書館データーベース
  11. ^ 『今昔雑記録』
  12. ^ 『「新撰組」全隊士録』国立国会図書館データーベース
  13. ^ 『歴史読本』2002年2月号-【特集】新選組最後の戦い
  14. ^ 『歴史読本』2004年12月号-【特集】新選組を巡る女性たち
  15. ^ 『歴史読本』2004年3月号-【特集】『近藤・土方・沖田の新選組』
  16. ^ 『歴史読本』2005年9月号-【特集】永倉新八と「新撰組顛末記」の謎
  17. ^ 『幕末京都志士日誌(特集 幕末京都 志士日誌)』- 2006年5月号*「会津藩「京都藩邸日録」 -- (幕末京都 藩邸日録)」
  18. ^ 『幕末京都志士日誌(特集 幕末京都 志士日誌)』- 2006年5月号「山本覚馬「京都日誌」<会津藩士> 」
  19. ^ 『新選組組長列伝』
  20. ^ 『新選組を歩く』
  21. ^ 『幕末維新大戦争』
  22. ^ 福島県関係の書誌の紹介2002
  23. ^ 会津図書館蔵書検索サービス
  24. ^ 歴史春秋65
  25. ^ 歴史春秋69
  26. ^ 歴史春秋71
  27. ^ 『会津若松市史研究第五号』
  28. ^ さいたま市中央図書館
  29. ^ 福島県立図書館蔵書目録



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