今井慶松とは? わかりやすく解説

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いまい‐けいしょう〔いまゐ‐〕【今井慶松】

読み方:いまいけいしょう

[1871〜1947山田流箏曲(そうきょく)家。神奈川生まれ4歳失明し山勢松韻師事芸術院会員作曲に「御代万歳」「鶴寿千歳」など。


今井慶松

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/13 05:09 UTC 版)

今井 慶松(いまい けいしょう、1871年5月14日明治4年3月25日) - 1947年昭和22年)7月21日)は、日本の箏曲家帝国芸術院会員。箏曲家の中能島慶子は娘。

生涯

相模国(現神奈川県)出身。本名は新太郎。4歳で失明。山田流箏曲の3代山勢松韻に師事。1902年東京音楽学校(現東京芸術大学)教授。1940年日本三曲協会初代会長。1942年芸術院会員。「新晒」などの演奏で知られる。作品に「四季の調」など。

昭和22年7月21日没。戒名は慶松院殿浄楽日新大居士。墓所は横浜妙香寺

著書など

  • 箏曲桜花の賑ひ(編)東京音楽書院 1911.8
  • 松の吹き寄せ 芸談随筆 岡倉書房 1935
  • 今井慶松芸談 附・伝記と作曲集 藤田俊一編著 日本音楽社 1959

参考文献

  • 日本人名大事典[要文献特定詳細情報]



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