中世の秋目
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 02:50 UTC 版)
南北朝時代の秋目は薩摩国加世田別符のうちであり、島津忠政が発布した延文6年(1361年)の譲状に「山田・秋目・唐坊・久志・内浦」を彦三郎公忠に譲ると記載されている。 その後明徳4年(1393年)の「加世田別符半分坪付注文」には「あきめ」を含む地が伊作島津氏の所領となっていることが記載されている。
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