ユカタンのイツァ族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/09/13 15:33 UTC 版)
『チラム・バラムの書(英語版)』の伝える伝承によればイツァ族は南からやってきて、ユカタン半島の都市チチェン・イッツァを作った。チチェン・イッツァという名前自体、「イツァの井戸の口」を意味している。 実際にはチチェン・イッツァの歴史は複雑であり、イツァ族を含む複数の支配者が交替したと考えられている。チチェン・イッツァの「天文観測所」から出土した906年の円板に「hitza' ajaw」(ヒツァの王)という語が見え、これがイツァ族のことを指しているのかもしれない。 ユカタンのイツァ族の起源にはさまざまな説があり、中央メキシコからやってきたトルテカ説、タバスコ・カンペチェを原郷とするメキシコ化したマヤ人であるプトゥン人説、最初からユカタン半島に住んでいた説などがある。リンダ・シーリーとピーター・マシューズによれば、イツァ族はもともと現在と同様ペテン・イツァ湖の北岸に住んでいたが、その一部がユカタンに北上し、故郷の名前にちなんでイツァを名乗った。その後に何度かペテンとユカタンの間を往復したという。
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