ヤン・スメテルリンとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ヤン・スメテルリンの意味・解説 

ヤン・スメテルリン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/04 13:19 UTC 版)

ヤン・スメテルリン
基本情報
出生名 Hans Schmetterling
(ハンス・シュメッターリング)
生誕 (1927-11-09) 1927年11月9日
オーストリア=ハンガリー帝国 ビーリッツ
死没 (1967-01-18) 1967年1月18日(74歳没)
イギリス ロンドン
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

ヤン・スメテルリンポーランド語: Jan Smeterlin, 1892年2月7日1967年1月18日 ロンドン[1])はポーランドピアニストショパンシマノフスキの解釈でとりわけ名高く[2][3]、どの作曲家の作品にも増してショパン作品を多く録音した。さまざまなレーベルから音源が発売されている[2]

略歴

1892年、オーストリア=ハンガリー帝国領下にあったシュレージエンのビーリッツ(現在はポーランドのチェシン郡ビェルスコ)でユダヤ系の家庭に生まれた。幼児期から楽才を発揮して7歳で最初の演奏会を行なったにもかかわらず、法学を学ぶことを余儀なくされた。ウィーンに出て修学中に奨学金を得て、レオポルド・ゴドフスキーの薫陶を受けた。1920年に職業演奏家としてデビューを果たした[2]

後年はディディ夫人とともにニューヨークに暮らしたが、1967年にロンドンに戻って間もなく他界した[4]

スメテルリンは生涯にわたって作曲家カロル・シマノフスキと、音楽家同士として、また友人同士として緊密な関係を保っていた。シマノフスキは『マズルカ集』作品50の第3巻(通し番号で第9曲~第12曲)をスメテルリンに献呈しており[5]、スメテルリンはシマノフスキの作品を頻繁に演奏した。

スメテルリンは料理にも情熱を注ぎ、レシピ集を執筆した。但し出版されたのは死後のことである。

家族・親族

  • 父:Julius Schmetterlingは弁護士。

  1. ^ Baker's Biographical Dictionary of Musicians, Seventh Edition, Revised by Nicolas Slonimsky, Schirmer Books, New York, 1984, page 2151.
  2. ^ a b c The International Piano Archives at The University of Maryland, biographical description with collection
  3. ^ The New York Times, obituary, "Jan Smeterlin, Pianist, 74, Dead," January 20, 1967, page 37
  4. ^ The International Piano Archives at the University of Maryland, biographical description with collection.
  5. ^ "Correspondence and Essays," by Karol Szymanowski, Jan Smeterlin, B. M. Maciejewski, Felix Aprahamian, Allegro Press, 1969



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ヤン・スメテルリン」の関連用語

ヤン・スメテルリンのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ヤン・スメテルリンのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのヤン・スメテルリン (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS