ピアノソナタ第2番 (ボルトキエヴィチ)
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ピアノソナタ第2番 嬰ハ短調 作品60 は、セルゲイ・ボルトキエヴィチが作曲したピアノソナタ。
概要
各地を転々とした末に1933年からウィーンで暮らしていたボルトキエヴィチは、第二次世界大戦の開戦により苦境に追い込まれることになる[1]。1941年にロシアの音楽の出版、演奏が禁止された上、1943年12月4日にライプツィヒへ行われた爆撃により彼の印刷譜の大半が焼失して収入が途絶えたのであった[1]。そうした困難な状況に置かれながらも彼は作曲を継続していった[1]。
本作の第1楽章は1942年1月に完成したとボルトキエヴィチは書いている[2]。初演は1942年11月29日に、楽友協会のブラームス・ザールにおいて作曲者自身の演奏で行われた[1]。この演奏は「とてつもない成功」を収めた[2]。マックス・ロートは『Das Kleine Volksblatt 』に次のように書いている。
(ボルトキエヴィチは)自らが形式と作曲において自信に満ちた達人であることを示し(中略)大成功であった(中略)大きな拍手に応え作曲者によるアンコールが行われた[3]。
ボルトキエヴィチ自身も友人で支援者であったヒューゴ・ファン・ダーレンに次のように書き送っている。
皆、特にこのソナタが成功であったと口にします。そうです、この曲がリサイタルの柱となる作品 - コースのメイン「ローストビーフ」 - だったのです[2]!
楽譜はファン・ダーレンに受け渡されることとなり、彼は1944年2月9日にアムステルダムで本作を演奏、聴衆と評論家から高い評価を受けた[1]。しかし、ファン・ダーレン以外の人物がボルトキエヴィチの生前に本作を演奏することはなく[2][3][4]、楽譜は未出版のまま残された[1]。その後により楽譜が発見されて今日に至っており、唯一の原本はオランダ音楽研究所の所蔵となっている[4]。
曲はオーストリアの司書、美術史家のハンス・アンクヴィチ=クレーホーフェンへと献呈された[4]。
楽曲構成
第1楽章
- Allegro ma non troppo 4/4拍子 嬰ハ短調
ソナタ形式[5][6]。序奏を持たず、情熱的な第1主題の提示で開始する(譜例1)。
譜例1
経過に続いて陰鬱な第2主題が提示される(譜例2)。
譜例2
コデッタを経ると提示部を繰り返すと来なく展開部へ入る。はじめは譜例1に基づいた展開が行われるが、やがて新しい旋律が入ってくる(譜例3)。
譜例3
提示部の経過的エピソードが現れたかと思うと、そのまま自然な形で第2主題の再現に接続される[7]。再現部における第1主題と第2主題の順序の逆転、さらに第2主題の再現に下属調を選択していることがこの作品における最大の形式的特色となっている[8]。この調性の選択ゆえにこの箇所が「偽の」再現であるかのような印象を与える[9]。提示部コデッタの楽想が続き、最後に第1主題が主調で再現される。もう一度コデッタの楽想が現れ、勢いを維持したまま閉じられる。
第2楽章
- Allegretto 2/4拍子 嬰ハ短調
三部形式を拡大した形にまとめられた[10]、移り気な行進曲[1]。冒頭から譜例4が奏でられる。
譜例4
譜例4が形を変えながら都合3回奏されると、中間部へと入る(譜例5)。譜例5より後の部分にポロネーズ風のリズムを有しており、行進曲風の譜例4との対比を生み出している[1]。
譜例5
譜例5を繰り返し、主部に復帰する前に20小節の新規楽想が挿入される[10]。その後にダ・カーポして譜例4が再度奏される。
第3楽章
"misericordioso"は「慈悲深く」といった意味である[1]。第2楽章からの流れを受け、厳粛な様子の導入によって開始する[11]。続いてボルトキエヴィチらしい美しい旋律が歌われる[1](譜例6)。
譜例6
譜例6が1オクターブ高く繰り返されると中間部に入り、イ長調で譜例7のコラールが歌われる。これはロシア正教会で歌われる讃美歌を思わせるような性格を有している[1]。
譜例7
譜例6が回帰して2度歌われ、最後に楽章冒頭の重々しい導入部が再度置かれて弱音によって終わりを迎える。
第4楽章
一種の二部形式のような構成をとる[12]。忙しない主題により幕を開ける(譜例8)。
譜例8
譜例8が1オクターブ上げて繰り返されると譜例9のエピソードが挿入される。この主題は舞踏的な性質を持っている[1]。
譜例9
譜例8が再現されて1オクターヴ高く繰り返されるという動きが再度行われると、突如全休止が差し挟まれ、嬰ハ長調の譜例10が新たに導入される。ボルトキエヴィチはファン・ダーレンに送った演奏の手引きにおいて「フィナーレの前には大きな呼吸で休みを入れてください!この嬰ハ長調は大きな驚き、堂々として喜ばしいものでなくてはなりません!」と記している[2]。この主題は譜例1を思い起こさせる[1]。
譜例10
この最終部分が人生の困難に立ち向かう意志の勝利を爆発させるかのように響き渡り[1]、歓びの中に全曲に終止符が打たれる。
出典
参考文献
- Johnson, Jeremiah A. (2016). Echoes of the Past: Stylistic and Compositional Influences in the Music of Sergei Bortkiewicz (doctoral dissertation). University of Nebraska
- Chen, Yi Jing (2021). The First Movements of Sergei Bortkiewicz'S Two Pinoa Sonatas, Op. 9 and Op. 60: A Comparison Including Schenkerian Aanalysis and an Examination of Classical and Romantic Influences (doctoral dissertation). University of North Texas
- Cheah, Brandon (2024). Tension, Resolution, Tonicity and the Relative: Voice Leading Tendencies in Sergei Bortkiewicz's Sonata No. 2 Op. 60. National University of Singapore
- Kalkman, Wouter (2016). Bortkiewicz: Piano Sonata No 2 & other works (CD). Hyperion records. CDA68118. 2025年8月3日閲覧.
- 楽譜 Bortkiewicz: Piano Sonata No.2, Cantext Publications, Winnipeg
外部リンク
- ピアノソナタ第2番の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- ピアノソナタ第2番 - ピティナ・ピアノ曲事典
- ピアノソナタ第2番_(ボルトキエヴィチ)のページへのリンク