ヒルベルト・セラノとは? わかりやすく解説

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ヒルベルト・セラノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/12/11 17:17 UTC 版)

ヒルベルト・セラノ
基本情報
通称 ヒルベルト・ラファエル・セラノ
階級 ライト級
国籍 ベネズエラ
誕生日 (1970-03-19) 1970年3月19日(46歳)
出身地 首都地区
ミランダ州カラカス
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 28
勝ち 21
KO勝ち 17
敗け 6
引き分け 1
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ヒルベルト・ラファエル・セラノGilberto Rafael Serrano1970年3月19日 - )は、ベネズエラカラカス出身の元プロボクサーである。元WBA世界ライト級王者。

来歴

1993年4月3日、ベネズエラでプロデビュー(2回KO勝ち)

1996年4月15日、12戦目でベネズエラ国内ライト級王座獲得。同年10月7日にはWBAフェデボルライト級王座を獲得。

1998年4月18日、20戦目で世界初挑戦。敵地でWBA世界スーパーフェザー級王者崔龍洙韓国)に挑むが、9回KO負け。

1999年11月13日、世界再挑戦。WBA世界ライト級王者ステファン・ゾフ(イタリア)に挑み、10回TKO勝ち。24戦目で世界王者となった。

2000年3月12日、初防衛戦(日本のリング初登場)。東京両国国技館坂本博之と対戦。初回に2度のダウンを奪われるも、2回以降は逆襲に転じ、5回負傷TKO勝ちで防衛に成功。

同年6月11日、2度目の防衛戦(日本のリング再登場)。東京・有明コロシアムで元WBA世界スーパーフェザー級王者畑山隆則と対戦。8回に3度(合計5度)のダウンを奪われてのKO負けを喫し、王座陥落。

2001年6月16日、1年ぶりの再起戦でWBAフェデラテンライト級王座決定戦に出場したが、2回TKO負け。

2004年11月15日、3年5か月ぶりの復帰戦で10回判定勝ちを収めたのを最後に現役を引退。

戦績

28戦21勝(17KO)6敗1分

獲得タイトル

関連項目

外部リンク

前王者
ステファン・ゾフ
第66代WBA世界ライト級王者

1999年11月13日 - 2000年6月11日

次王者
畑山隆則



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