スージー・アンド・ザ・バンシーズによるカバー
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「ディア・プルーデンス」の記事における「スージー・アンド・ザ・バンシーズによるカバー」の解説
スージー・アンド・ザ・バンシーズによるカバー・バージョンが、1983年9月23日にポリドール・レコードよりシングル盤として発売された。アメリカではゲフィン・レコードより1作目のシングルとして発売された。 カバー・バージョンのレコーディング当時、ギタリストのジョン・マッギオークがアルコール依存症により脱退していたため、ザ・キュアーのロバート・スミスが代役を務めた。 スージー・アンド・ザ・バンシーズは、1978年に発売されたアルバム『悲鳴(英語版)』で「ヘルター・スケルター」をカバーした。その後、北欧ツアーの期間中にスージー・スー(英語版)がビートルズの別の楽曲もカバーすることを提案。ドラマーのバッジー(英語版)によると、ロバート・スミスを除く全員がアルバム『ザ・ビートルズ』を好んでおり、その中でスミスも知っている本作がカバーされることになったとのこと。レコーディングには、スミスの妹であるジャネット・スミスがチェンバロで参加している。 スージー・アンド・ザ・バンシーズのカバー・バージョンは、全英シングルチャートで最高位3位を獲得した。シングルのヒットにより、バンドはクリスマスに放送された『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演し、本作を演奏した。番組への出演について、スーは「友達が仕立ててくれた新しい革のドレスを着てストライプのタイツを履いていた以外は、あまり覚えていない」と語っている。
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