スコット・アームストロングとは? わかりやすく解説

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スコット・アームストロング

(ジョセフ・ジェームズ・ジュニア から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/17 06:35 UTC 版)

スコット・アームストロング
プロフィール
リングネーム スコット・アームストロング
スコット・ジェームズ
本名 ジョセフ・スコット・ジェームズ
ニックネーム ディキシー・ダイナマイト
身長 185cm
体重 100kg
誕生日 (1959-05-04) 1959年5月4日(65歳)
出身地 アメリカ合衆国
ジョージア州
コブ郡マリエッタ
トレーナー ボブ・アームストロング
デビュー 1983年
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スコット・アームストロングScott Armstrong、本名:Joseph Scott James1959年5月4日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーレフェリージョージア州マリエッタ出身。

父親のボブ・アームストロング、弟のブラッドスティーブブライアンもプロレスラーだった。

来歴

1983年アラバマサウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリングにてプロレスラーとしてデビュー。同年10月には弟のブラッド・アームストロングとのコンビでデニス・コンドリー&ランディ・ローズミッドナイト・エクスプレスからNWAサウスイースタン・タッグ王座を奪取[1]。以降もアラバマを主戦場に、1984年から1987年にかけて、トミー・ギルバート(エディ・ギルバートの父親)やトム・プリチャードを破り、USジュニアヘビー級王座を再三獲得した[2]

その後、NWAミッドアトランティック地区や初期WCWを経て、1992年1月には全日本プロレスに初来日。帰国後はジム・コルネット主宰のスモーキー・マウンテン・レスリングに定着し、1995年までスティーブ・アームストロングとの兄弟タッグチームで活動した[3]

1990年代後半よりWCWにてレフェリーに転向。2002年からはTNAや各地のインディー団体で活動し、2006年7月よりWWEに所属、2010年2月までECWのレフェリーを担当した。

2011年にWWEと再契約し、2月20日のPPVエリミネーション・チェンバー』のメインイベントにてレフェリーを務めた。同年4月2日には、地元ジョージア州アトランタフィリップス・アリーナで行われたWWE殿堂の記念式典に出席、ブラッドやブライアンと共に、父ボブ・アームストロングの殿堂入りのインダクターを務めた[4]

獲得タイトル

サウスイースタン・チャンピオンシップ・レスリング
NWAレッスル・バーミングハム

脚注

  1. ^ a b NWA Southeastern Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月4日閲覧。
  2. ^ a b NWA United States Junior Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2011年3月4日閲覧。
  3. ^ Scott Armstrong”. Cagematch. 2011年7月25日閲覧。
  4. ^ WWE Hall of Fame Class of 2011 Inductees: "Bullet" Bob Armstrong”. WWE.com. 2011年7月25日閲覧。

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