サラゴサ放射線治療事故とは? わかりやすく解説

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サラゴサ放射線治療事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/26 23:42 UTC 版)

サラゴサ放射線治療事故
ロサノ・ブレサ大学臨床病院
現地名 Siniestro radiológico del Hospital Clínico de Zaragoza
日付 1990年12月10日 – 20日 (1990-12-10 – 1990-12-20)
会場 ロサノ・ブレサ大学臨床病院
場所 スペイン アラゴン州サラゴサ県サラゴサ
座標 北緯41度38分35秒 西経0度54分11秒 / 北緯41.64306度 西経0.90306度 / 41.64306; -0.90306座標: 北緯41度38分35秒 西経0度54分11秒 / 北緯41.64306度 西経0.90306度 / 41.64306; -0.90306
種別 放射線事故
原因 加速器の誤った修理に起因する放射線の過剰照射
死傷者
計27人が放射線の過剰照射を受けた。
死者 11人

サラゴサ放射線治療事故は、1990年12月10日から20日にかけて、スペインアラゴン州サラゴサ県サラゴサにあるロザノ・ブレサ大学臨床病院で発生した放射線事故である。

国際原子力機関(IAEA)によると、この事故で少なくとも27人の患者が負傷し、そのうち11人が過剰被曝によって死亡した。被害者全員が放射線治療を受けている患者であった[1]

背景

ロザノ・ブレサ大学臨床病院(スペイン語: Hospital Clínico Universitario Lozano Blesa放射線治療装置として、コバルト60照射装置1基と直線加速器「Sagittaire」1基を備えていた[2]。事故発生当時、直線加速器は設置から12年間が経過していた[3]

放射線外照射治療では、がん細胞を破壊するために電離放射線を使用するが、正常組織への影響は最小限に留められなければならない。コバルト60照射装置では固定されたエネルギーのガンマ線しか得られないのに対し、直線加速器では放射線の種類(電子線エックス線)やエネルギーが選択できるため、より柔軟で適切な治療が行えるというメリットがある。ただし、全てのパラメータが厳密にコントロールされる必要がある[2]

事故

以下はスペイン原子力安全委員会(Consejo de Seguridad Nuclear、CSN)の報告書に基づく[2]

1990年12月5日、加速器オペレーターが電子線が出ないことに気づき、装置メーカーであるGE-CGRの保守担当者に連絡した。運転日誌にこの事象は記載されなかった。保守担当者は当日、隣室のコバルト装置の点検を行っており、加速器の修理は後日に持ち越された。

12月7日、保守担当者が加速器の修理作業を実施した。

12月10日、加速器を用いた患者治療を再開。病院の放射線防護部門は故障を知らされていなかった。

12月20日午前、オペレーターが計器の表示が不正確であると放射線防護部門責任者に報告し、加速器による治療を中止。医師らは患者の強い副作用や体調不良がこの問題と関連している可能性を疑い始めた。

12月21日、線量測定を実施したところ、操作盤でどのエネルギー値を選択しても、電子線のエネルギーは常に36メガ電子ボルト(MeV)であることが判明。GE-CGRに連絡し、技術者が修理と点検を実施した。

12月29日、病院から原子力安全委員会へ事故を報告。

原因

事故の発端は、直線加速器の電子ビーム偏向システムの故障であった。制御回路の短絡によって、電子線を偏向させるマグネットコイルに常に最大電流が流れ、電子ビームが正しい軌道から外れていた。加速器の放射線モニタが選択されたエネルギーが出ていないことを検知し、照射を自動的に停止していた[2]

12月7日の修理において、保守担当者は制御回路の短絡を直さず、電子線のエネルギーを上げることで無理矢理ビーム軌道を修正した。この結果、電子線エネルギーは常に最大値(36MeV)となった。また、保守担当者はこの操作のために自動モードから手動モードに切り替えていたため、選択されたエネルギー値と実際の出力値が一致しない場合でも自動停止機構が作動しないようになっていた。操作盤で7、10、13 MeVを選択しても常に計器が「36MeV」と表示することについては、計器が壊れて指示針が固まっているだけだと解釈した[2]

保守担当者は、病院の技術責任者に修理内容を報告せず、作業記録も正式に提出していなかった。病院側も、修理後に放射線防護部門の点検を行わずに患者治療を再開していた。日常点検の線量チェックは12月7日以降行われていなかった[2]

電子線はエネルギーが高いほど透過力が強くなるため、患者は想定照射箇所よりも深部の組織に過剰被曝を受けることとなった[2]

被害

1990年12月10日から20日にかけて27人の患者が放射線治療を受け被害を負った。27人は7MeVの電子線を受けることになっていた[4]。事故による過剰被曝が直接の死因か否かは医学的評価が難しいため、事故による死亡者数については記事や時期によってばらつきがある。

  • 少なくとも10人:スペイン国立衛生研究所[5]
  • 11人:IAEA[6]
  • 15人:IAEA[7][8]
  • 16人:El País[3][9]
  • 18人:Database of radiological incidents and related events[10]
  • 20人:遺族による主張[5]
被害患者[7][11]
イニシャル 年齢 性別 臨床的所見または死因 死亡日 放射線との関連
MV 33 女性 放射線誘発性呼吸不全 1991年5月20日 Yes
BC 69 女性 過剰被曝による食道潰瘍 1991年5月8日 Yes
PS 45 女性 脊髄炎対麻痺、食道狭窄 - Yes
DR 59 女性 過剰被曝による肺炎および肝炎 1991年3月26日 Yes
JC 60 男性 放射線起因の頚部出血による血液量減少性ショック 1991年9月14日 Yes
FT 68 男性 放射線起因性脊髄症 1991年4月15日 Yes
MP 55 男性 放射線照射による可能性のある呼吸不全、肺転移、脊髄症 1991年3月16日 Yes
IL 65 男性 放射線後性脊髄症 1991年12月25日 Yes
JV 67 男性 左大腿部および鼠径部の線維症
AS 67 男性 潰瘍性下咽頭炎、頚髄炎、頸部放射線熱傷
JG 60 女性 過剰被曝による呼吸不全 1991年9月7日 Yes
AG 60 男性 過剰被曝による呼吸不全 1991年7月28日 Yes
BG 50 女性 前胸部における皮膚熱傷
CM 51 女性 過剰被曝による呼吸不全 1991年3月9日
AR 71 女性 皮膚熱傷、食道炎、大腿静脈血栓症 1992年4月8日 おそらくNo
IG 68 女性 腫瘍随伴症候群、転移 1991年11月22日 No
SA 45 不明 鼠径部皮膚熱傷
FS 59 女性 肺炎と脊髄症 1991年8月29日 Yes
JS 42 男性 肩部皮膚の火傷、線維症、壊死
TR 87 女性 過剰曝露による呼吸不全、腎不全および脳症 1991年7月12日 Yes
BF 39 女性 呼吸器線維症および転移 1992年5月20日 Yes
NC 72 女性 皮膚熱傷、胸膜および心膜液貯留
PS 42 女性 過剰被曝による呼吸不全 1991年2月21日 Yes
LS 72 女性 全身性転移 1991年1月9日 No
JG 80 女性 汎発性がん 1991年1月8日 No
JS 56 男性 過剰被曝による脊髄症 1991年2月16日 Yes
SM 53 男性 過剰被曝による脊髄症 1991年2月17日 Yes

裁判

1991年3月6日、当時の保健消費者大臣Julián García Vargasは、議会本会議においてサラゴサ臨床病院の加速器の故障の責任はゼネラル・エレクトリック社にあると述べた[12]

1993年4月6日、裁判官は保守担当者のみを過失致死罪で懲役6ヶ月に処し、20人の犠牲者の遺族に総額4億1800万ペセタの賠償金を支払うよう命じた。ゼネラル・エレクトリック社には民事上の責任があるとした。検察官は臨床病院職員にも責任があるとして控訴した。被害者遺族代表の私訴弁護士とゼネラル・エレクトリック社も上訴を申し立てた[13]

1993年11月10日、サラゴサ州裁判所は、4月5日の判決で定められた賠償金額を修正する点においてのみ上訴を認め、判決を確定させた。サラゴサ臨床病院職員10人に対する無罪判決は支持された。保守担当者と彼の所属企業ゼネラル・エレクトリック社は、被曝した27人それぞれに1200万から2500万ペセタの賠償を命じられることとなった[14]

脚注

  1. ^ Accidente hospital Clínico de Zaragoza (1990) - CSN”. Consejo de Seguridad Nuclear. 2025年9月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g Consejo de Seguridad Nuclear. Informe sobre el accidente en el hospital Clínico de Zaragoza [サラゴサ臨床病院における事故に関する報告書] (Report) (スペイン語). 2025年9月21日閲覧.
  3. ^ a b Lucia Argos (1991年10月12日). “El accidente del Clínico de Zaragoza, una cadena de fallos humanos única en el mundo, según los expertos” [サラゴサの病院での事故は、専門家によれば、世界で類を見ない一連の人為的ミスによるものだという]. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月21日閲覧。
  4. ^ Sebastian Serrano (1991年4月26日). “Un técnico revisó el acelerador del Clínico de Zaragoza tres días antes del accidente” [事故の3日前に技術者がサラゴサ臨床病院の加速器を点検した]. El País. 2016年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月21日閲覧。
  5. ^ a b Phil Davison (1993年2月11日). “Victims of radiation overdose to sue”. Independent. 2022年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月22日閲覧。
  6. ^ González, Abel J. (1999). “Strengthening the Safety of Radiation Sources & the Security of Radioactive Materials: Timely Action”. IAEA Bulletin 41 (3). オリジナルの2009-03-26時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090326181428/http://www.iaea.org/Publications/Magazines/Bulletin/Bull413/article1.pdf 2025年9月21日閲覧。. 
  7. ^ a b IAEA. “Major accidents in radiotherapy ... related to treatment units (b)”. 2021年9月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月23日閲覧。
  8. ^ 日本アイソトープ協会. “放射線治療患者に対する事故被ばくの予防”. ICRP. 2025年9月26日閲覧。
  9. ^ Javier Ortega (1991年11月17日). “Industria expedienta al Clínico de Zaragoza por el fallo del acelerador” [産業省、加速器故障でサラゴサ臨床病院を処分]. El País. 2025年9月21日閲覧。
  10. ^ Robert Johnston (2008年10月26日). “Zaragoza radiotherapy accident, 1990”. Database of radiological incidents and related events--Johnston's Archive. 2025年9月23日閲覧。
  11. ^ Mettler Jr, FA; Ortiz-Lopez, P (2001). “Accidents in Radiation Therapy”. In Gusev, IA; Guskova, AK; Mettler, FA. Medical management of radiation accidents. CRC Press. ISBN 0-8493-7004-3 
  12. ^ EFE (1991年3月7日). “General Electric es responsable de la avería de Zaragoza, según García Vargas” [ガルシア・バルガスによれば、ゼネラル・エレクトリック社がサラゴサでの故障の責任を負う]. El Pais. 2016年4月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年9月21日閲覧。
  13. ^ Javier Ortega (1993年4月23日). “El fiscal recurre el fallo en el caso del acelerador del Clínico de Zaragoza” [検察官、サラゴサ臨床病院の加速器事故の判決を控訴]. El Pais. 2025年9月23日閲覧。
  14. ^ Javier Torrontegui (1993年11月11日). “Ratificada la sentencia sobre el acelerador del Clínico de Zaragoza” [サラゴサ臨床病院の加速器に関する判決が確定]. El Pais. 2025年9月21日閲覧。



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