グリンパティック‐システム【glymphatic system】
読み方:ぐりんぱてぃっくしすてむ
グリンパティックシステム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/16 16:32 UTC 版)
グリンパティックシステム | |
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哺乳類のグリンパティックシステム
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MeSH | D000077502 |
解剖学用語 |
グリンパティックシステム(英: glymphatic system)は、脊椎動物の中枢神経系において代謝老廃物の除去を担う器官系である[1]。脳室の脈絡叢から分泌される脳脊髄液(CSF)が動脈周囲の傍血管腔を経て脳内に流入し、間質液と混和したのち、静脈周囲の経路から再びくも膜下腔に排出されるとされる[2]。
この経路は、動脈の拍動によって駆動される傍動脈性の流入機構と、睡眠中に細胞外隙の拡大・収縮に伴い抵抗が変化することで調節される流路から成る。老廃物や余分な細胞外液の除去は、アストロサイトが発現する水チャネルアクアポリン4(AQP4)を介したバルクフローによって促進される[3]。
「グリンパティック」という名称は、グリア細胞と末梢リンパ系に由来し、この経路の類似性と依存性を示すものとして神経科学者マイケン・ネデルゴーによって提唱された[4]。
構造と機能
2012年の研究で、2光子励起顕微鏡を用いた観察により、脳脊髄液が動脈周囲から迅速に脳内へ入り、間質液と交換されることが示された[5]。同様に、静脈周囲を通じて老廃物が排出される。アストロサイトの終足突起に局在するAQP4は、こうした流路の効率を高める中心的役割を果たす。AQP4を欠損したマウスでは、間質性溶質の除去効率が70%低下することが示されている。
睡眠と老廃物除去
2013年に発表された研究では、徐波睡眠中に細胞外隙の体積が約60%拡大し、覚醒時に比べて老廃物の除去が顕著に促進されることが確認された[6]。これは青斑核からのノルアドレナリン放出が低下し、血管の緩やかな収縮運動(バソモーション)がグリンパティック流を駆動するためである[7]。この現象は、睡眠の回復機能や認知機能の維持と深く関係していると考えられている。
40Hzの刺激によるグリンパティックシステムの活性化
2024年2月にマサチューセッツ工科大学のリー・フエイ・ツァイ(Li-Huei Tsai)らの研究グループが、睡眠中のマウスに40ヘルツの音と光の刺激を与えるとグリンパティックシステムの老廃物排出が促進され、アミロイドβの除去促進やアクアポリン4の偏在化増加などを伴う効果が認められることを「ネイチャー」に報告した[1]。
臨床的意義
アルツハイマー病ではアミロイドβの沈着が特徴であるが、AQP4を欠損したマウスではアミロイドβの排出が約55%低下する[5]。このことから、適切なグリンパティック機能が病態進行を抑制する可能性があるとされる。他の神経変性疾患、たとえばパーキンソン病やハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)でも老廃物蓄積との関連が示唆されている[8]。
また脳梗塞やくも膜下出血など急性脳障害後には、傍血管腔に血液や浮腫が生じ、グリンパティック循環が障害される。MRI研究によりこれが確認されており、組織プラスミノーゲン活性化因子の髄腔内投与によって改善が報告されている[9]。
歴史
脳脊髄液の存在は古代のヒポクラテスやガレノスが記録していたが、近代的な発見者としては18世紀のエマヌエル・スヴェーデンボリが知られる[10]。2015年には硬膜リンパ管の存在が報告され、グリンパティックシステムとの連続性が明らかになった[11][12]。
脚注
- ^ a b Murdock, Mitchell H.; Yang, Cheng-Yi; Sun, Na; Pao, Ping-Chieh; Blanco-Duque, Cristina; Kahn, Martin C.; Kim, TaeHyun; Lavoie, Nicolas S. et al. (2024-03). “Multisensory gamma stimulation promotes glymphatic clearance of amyloid” (英語). Nature (シュプリンガー・ネイチャー) 627 (8002): 149–156. doi:10.1038/s41586-024-07132-6. ISSN 1476-4687 .
- ^ “The Paravascular Pathway for Brain Waste Clearance: Current Understanding, Significance and Controversy”. Frontiers in Neuroanatomy 11: 101. (2017). doi:10.3389/fnana.2017.00101. PMC 5681909. PMID 29163074 .
- ^ “The glymphatic system: Current understanding and modeling”. iScience 25 (9): 104987. (September 2022). doi:10.1016/j.isci.2022.104987. PMC 9460186. PMID 36093063 .
- ^ Konnikova, Maria (2014年1月11日). “Goodnight. Sleep Clean.”. ニューヨーク・タイムズ 2014年2月18日閲覧。
- ^ a b “A paravascular pathway facilitates CSF flow through the brain parenchyma and the clearance of interstitial solutes, including amyloid β”. Science Translational Medicine 4 (147): 147ra111. (2012). doi:10.1126/scitranslmed.3003748. PMC 3551275. PMID 22896675 .
- ^ “Sleep drives metabolite clearance from the adult brain”. Science 342 (6156): 373–7. (2013). doi:10.1126/science.1241224. PMC 3880190. PMID 24136970 .
- ^ Hauglund, Natalie L.; Andersen, Mie; Tokarska, Klaudia; Radovanovic, Tessa; Kjaerby, Celia; Sørensen, Frederikke L.; Bojarowska, Zuzanna; Untiet, Verena et al. (2025-02-06). “Norepinephrine-mediated slow vasomotion drives glymphatic clearance during sleep”. Cell 188 (3): 606–622.e17. doi:10.1016/j.cell.2024.11.027. PMID 39788123 .
- ^ “Defining novel functions for cerebrospinal fluid in ALS pathophysiology”. Acta Neuropathologica Communications 8 (1): 140. (2020). doi:10.1186/s40478-020-01018-0. PMC 7439665. PMID 32819425 .
- ^ “Impaired glymphatic perfusion after strokes revealed by contrast-enhanced MRI: a new target for fibrinolysis?”. Stroke 45 (10): 3092–6. (2014). doi:10.1161/STROKEAHA.114.006617. PMID 25190438.
- ^ Hajdu, Steven (2003). “A Note from History: Discovery of the Cerebrospinal Fluid”. Annals of Clinical and Laboratory Science 33 (3) .
- ^ “Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels”. Nature 523 (7560): 337–41. (2015). doi:10.1038/nature14432. PMC 4506234. PMID 26030524 .
- ^ “A dural lymphatic vascular system that drains brain interstitial fluid and macromolecules”. The Journal of Experimental Medicine 212 (7): 991–9. (2015). doi:10.1084/jem.20142290. PMC 4493418. PMID 26077718 .
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