クロアチア公国とは? わかりやすく解説

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クロアチア公国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/21 05:39 UTC 版)

クロアチア公国

Kneževina Hrvatska
Ducatus Chroatorum
7世紀[1]925年ごろa
バルカン半島周辺の地図。ピンク色の箇所がクロアチア公国。
首都 恒久的な首都は無し[2]

ニン
クリス
ビジャチ
ソリン
クニン
共通語 古代クロアチア語ラテン語
宗教
Slavic paganism
キリスト教
住民の呼称 クロアチア人
統治体制 公国
 
• 7世紀初頭
ポルガ (最初のアルコーン
• 810年 - 821年
ボルナ (知られている最初の公)
• 910年 - 925年
トミスラヴ (最後の公)
時代 中世
• 確立
7世紀[1]
• フランク人支配下
790年代
• 教皇の認可
879年7月7日
925年ごろa
先行
継承
ビザンツ帝国
アヴァール可汗国
クロアチア王国
現在 クロアチア
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
  1. ^ トミスラヴ is regarded as the first king due to being addressed as Rex (King) in a letter sent by ヨハネス10世 and the Councils of Split in 925 AD. Circumstances and the date of his coronation are unknown.[3]

クロアチア公国 (クロアチアこうこく、クロアチア語: Knezevina Hrvatska、ギリシア語: Χρωβατία) は、現在のダルマチア地方周辺のクロアチア人8世紀ごろに建国した国家。

現在のイストリア半島を除くクロアチアセルビアの、一部地域を領有していた。925年にはクロアチア王国となる。周囲を東ローマ帝国フランク王国という大国に囲まれていたこともあり、その二国の争いに巻き込まれることも多かった。フランク王国による属国化により、カトリックも受容した。

クロアチア公国は、その終焉まで恒久的な首都が存在しない。

名称

852年、時の公(クネズ)であったトルピミル1世の称号が、それまでの「ダルマチア・リブルニア公」から「クロアチア公」に改称された。国名の由来はこれに求めることができる。

歴史

前史

600年ごろのアヴァール人と東ローマ帝国。

当時のダルマチアを支配していたアヴァール人サモ王国に敗れた。6世紀前半にヘラクレイオス1世はダルマチアへの移住を認め、クロアチア人はダルマチアに定住を開始した。

属国

788年に、フランク王国の君主であったカール大帝イストリアを征服した。この影響で隣接するパンノニア公国はフランク王国の支配に下ったが、依然としてフランク軍はクロアチアを支配下に置くことを企んでいた。

脚注

  1. ^ During the reign of Heraclius ((在位: 610年 - 641年) ). De Administrando Imperio chapter 30.
  2. ^ Neven Budak - Prva stoljeća Hrvatske, Zagreb, 1994., page 13 (クロアチア語)
  3. ^ Van Antwerp Fine, John (1991). The Early Medieval Balkans. University of Michigan Press. p. 264. ISBN 0472081497. https://books.google.com/books?id=Y0NBxG9Id58C&pg=PA264 

参考文献

外部リンク




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