カルロス・ルイス・エレーロとは? わかりやすく解説

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カルロス・ルイス・エレーロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/20 05:33 UTC 版)

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はルイス第二姓(母方の)はエレーロです。(Template:スペイン語圏の姓名
カルロス
アスレティック・ビルバオでのカルロス (1977年)
名前
本名 カルロス・ルイス・エレーロ
Carlos Ruiz Herrero
ラテン文字 Carlos
基本情報
国籍 スペイン
生年月日 (1948-06-07) 1948年6月7日(72歳)
出身地 ビルバオ
身長 183cm
体重 77kg
選手情報
ポジション FW
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1968-1969 ゲチョ
1969-1970 ビルバオ・アスレティック 25 (8)
1970-1981 アスレティック・ビルバオ 213 (81)
1981-1982 エスパニョール 21 (2)
代表歴
1977  スペイン U-21 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

カルロス・ルイス・エレーロ(Carlos Ruiz Herrero、1948年6月7日 - )は、スペインビルバオ出身の元サッカー選手。ポジションはFW

11シーズンをラ・リーガアスレティック・ビルバオで過ごし、公式戦275試合に出場して115ゴールを挙げた[1]

クラブ経歴

12人家族の上から3番目の子供としてビルバオに生まれ[2]、11シーズンをアスレティック・ビルバオで、1シーズンをビルバオ・アスレティックで過ごした。1970年9月12日、FCバルセロナとのリーグ戦でトップチームデビューを果たした。

デビューの翌年からクラブの中心選手として活躍し始めた。1974-75シーズンにはリーグ戦で19ゴールを挙げ、ラ・リーガ得点王に贈られるピチーチ賞を受賞した。しかし、アスレティック・ビルバオはリーグを10位でフィニッシュしたため、欧州カップ出場権を得られなかった。得点王獲得後も安定した成績を残したが、1978-79シーズンは負傷離脱に苦しみ、リーグ戦わずか5試合の出場に留まった。

1981年にRCDエスパニョールへ移籍[2]。1シーズンを過ごして現役を引退した。

代表経歴

フル代表経験はないが、スペインのU-21代表に1試合出場した。

引退後

現役を引退後、バスク大学にて医学を学んだ[2]。卒業してすぐにスポーツのメディカルトレーナー職に就き、ハンドボールの女子スペイン代表やバスケットボールのクラブチームのメディカルトレーナーを経験した[2]

タイトル

クラブ

アスレティック・ビルバオ

個人

脚注

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