カリャリのジュディカーティ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/29 03:48 UTC 版)
「カリャリ」の記事における「カリャリのジュディカーティ」の解説
詳細は「w:Giudicato of Cagliari」を参照 ヴァンダル族支配の後に立ち替わって、東ローマ帝国が台頭し、カリャリは判事(giudicato)が支配する独立王国の首都となった。しかし、外部支配からの自治時代に関するいくつかの痕跡があるが、市は荒廃してしまった。海からのムーア人海賊による攻撃にさらされすぎたためであった。明らかに、多くの住民がカリャリを離れ、カリャリ西のサンタ・ジッラ湿地に近接する一帯にサンタ・イジアという名の新たな定住地をつくったが、ここは海から遠かった。カリャリのジュディカーティは、カンピダーノ平野の広域からなり、スルキスとオリアストラ山岳地帯の鉱物資源があった。その他に自治権を持つジュディカーティは、北西のログドーロ、北東のガッルーラ、アルボレアであった。
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