オメラスから歩み去る人々
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/23 06:07 UTC 版)
『オメラスから歩み去る人々』(英語: The Ones Who Walk Away from Omelas)は、アーシュラ・K・ル=グウィンの短編小説。1973年発表[1]。1974年ヒューゴー賞短編小説部門受賞[2]。架空の都市オメラスを題材にした思考実験的小説[3]。
あらすじ
語り手が読者にオメラスの情景を語る[3]。
オメラスは幸福に満ちた田園都市である。そんなオメラスの地下に、一人の子供が監禁されている。もしその子供を解放すればオメラスの幸福は失われる。
オメラスの住人は8歳から12歳ごろ、その子供の存在を知らされる。最初はみな衝撃を受けるが、次第に受け入れるようになる。しかし、中には受け入れられず、オメラスから歩み去る人々もいる。
オメラスを去る人々は、自分がどこへ行くのかを知っているようだ。
背景
「オメラス」(Omelas)という都市名は、ル=グウィンが車を運転中、バックミラーに映った「オレゴン州セーレム」(Salem, Oregon)という道路標識に由来する[1]。
本作の副題が『ウィリアム・ジェームズの主題による変奏曲』であるように、本作は哲学者ジェームズの著作に着想を得ている[1]。ジェームズは論文「道徳哲学者と道徳生活[4]」(1891年)で「数百万人の幸福が、一人の不幸を条件に成立しているとしたら、その幸福はおぞましいものではないか」という問いを提示している[1]。
本作は思考実験的な作品であり[3]、功利主義[5][6][7]や反出生主義[8]の議論でもしばしば取り上げられる。
ル=グウィン『所有せざる人々』(1974年)は本作の後継的作品にあたる[9][3]。ル=グウィンは本作と同様の作品を「サイコミス」(psychomyth、心理神話、精神神話)と自称している[2]。
日本語訳
- 浅倉久志訳「オメラスから歩み去る人々 ウィリアム・ジェイムズのテーマによるヴァリエーション」
- 『世界SF大賞傑作選(ヒューゴー・ウィナーズ)7』アイザック・アシモフ編、講談社〈講談社文庫〉、1979年。NDLJP:12582876
- 『風の十二方位』小尾芙佐他訳、早川書房〈ハヤカワ文庫SF〉、1980年。ISBN 978-4150103996
- 『きょうも上天気 SF短編傑作選』大森望編、浅倉久志訳、角川書店〈角川文庫〉、2010年。ISBN 978-4042982135
- 柴田元幸訳「オメラスから歩き去る者たち ウィリアム・ジェームズの主題による変奏曲」
- 『英文精読教室 第1巻 物語を楽しむ』柴田元幸編訳、研究社、2021年。ISBN 9784327099015
脚注
- ^ a b c d 柴田元幸『英文精読教室 第1巻 物語を楽しむ』柴田元幸編訳、研究社、2021年。ISBN 9784327099015。111;146頁。
- ^ a b 伊藤典夫「解説 この目で見た世界SF大会」『世界SF大賞傑作選(ヒューゴー・ウィナーズ)7』アイザック・アシモフ編、講談社〈講談社文庫〉、1979年。NDLJP:12582876。237;246f頁。
- ^ a b c d 若島正『乱視読者のSF講義』国書刊行会、2011年。ISBN 978-4-336-05441-8。「第9回 アーシュラ・K・ル・グィン「オメラスから歩み去る人々」」
- ^ 福鎌達夫訳「道徳哲学者と道徳生活」『W・ジェイムズ著作集 2 信ずる意志』日本教文社、2015年(オンデマンド版)、ISBN 9784531026227。(初出1961年、NDLJP:2970065/133)
- ^ 酒井隆史『賢人と奴隷とバカ』亜紀書房、2023年。ISBN 978-4750517872。19章「すべてのオメラスから歩み去る人びとへ──反平等の時代と外部への想像力」
- ^ マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』早川書房〈ハヤカワ文庫〉、2011年。ISBN 9784150503765。70f頁。
- ^ “1人の子供がいじめられ続けることで、全体の幸せが保たれる社会...「神学」から考える人権”. Newsweek日本版 (2021年9月2日). 2025年5月24日閲覧。
- ^ 小島和男『反出生主義入門 「生まれてこないほうが良かった」とはどういうことか』青土社、2024年。ISBN 978-4-7917-7688-7。137頁。
- ^ 糸瀬龍「ル=グウィンの政治的ユートピア小説について」『ユリイカ 2018年5月号 特集 アーシュラ・K・ル=グウィンの世界 : 1929-2018』青土社、2018年。CRID 1524232504506237696。111f頁。
関連項目
- オメラスから歩み去る人々のページへのリンク