ほんきかしらとは? わかりやすく解説

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ほんきかしら

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/15 16:29 UTC 版)

「ほんきかしら」
島倉千代子シングル
A面 ほんきかしら
B面 悲しみにキスを
リリース
規格 シングル
ジャンル 歌謡曲
レーベル 日本コロムビア
作詞・作曲 岩谷時子(作詞)
土田啓四郎(作曲)
プロデュース 酒井政利
島倉千代子 シングル 年表
新妻鏡
(1965年)
ほんきかしら
(1966年)
涙の合間に太陽を
(1966年)
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ほんきかしら」は、1966年に発売された島倉千代子シングルである。発売元は日本コロムビア

概要

当時コロムビアのディレクターであった酒井政利が島倉を「泣き節」のイメージから脱却させるべく、岩谷時子に作詞を依頼、岩谷が島倉の作品に初めて起用された。大手レコード会社が作詞家・作曲家を囲いこむ専属制度のあった当時としては、コロムビアがレコード会社と契約していない岩谷[1]に依頼することは異例であったという[2]

酒井が以前プロデュースした島倉の「赤坂の夜は更けて」は商業的に失敗したが、こちらはレコード売上で成功した[3]。通算売上は60万枚[4]

歌詞の一部は男性コーラス(岡田みのるとヤング・トーンズ)が歌唱している。同年の「第17回NHK紅白歌合戦」でも歌唱されたが、男性コーラスの部分は女性コーラスに置き換えられた。

1977年9月1日には「ミリオン・カップル・シリーズ」で「愛のさざなみ」とのカップリング盤(NK-77)が発売された。

1993年放送の武田薬品工業「ハイシーL」のテレビCMで桐島かれんが4人の外国人男性のコーラスと共に歌唱していた[5]

収録曲

  1. ほんきかしら
    作詞:岩谷時子、作曲・編曲:土田啓四郎
  2. 悲しみにキスを
    作詞:西沢爽、作曲・編曲:和田香苗

カバー

脚注

  1. ^ 岩谷は当時渡辺音楽出版と契約していた。
  2. ^ 岩谷時子——作詞で多くのヒットを生むも本業は「マネージャー」(cakes)
  3. ^ 酒井政利『誰も書かなかった昭和スターの素顔』、宝島社宝島SUGOI文庫)、2018年、78頁。ISBN 978-4-8002-8990-2
  4. ^ サンケイスポーツ』2013年11月9日付、大阪本社版12版、26面。
  5. ^ 「CM WATCHING――[ハイシーL/武田薬品工業]――桐島かれん」『Square 21 = スクウェア21 : human connection : 夢実現!志事人たちのコミュニティ誌』第110号、全国経営者団体連合会、1993年5月15日、36 - 37頁、NDLJP:2865146/20 

関連項目




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