『台湾青年』時代
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1920年(大正9年)1月11日、東京に留学した蔡培火が中心となり林献堂などの援助を受け、台湾における台湾人の地位の向上を目指して「新民会」を成立させた。同年7月16日、この新民会の機関誌として在日台湾人を対象に、東京にて『台湾青年』が創刊された。これは台湾人による政治運動の最初の機関刊行物である。編集主任は、蔡培火であり、王敏川、林呈祿、蔡恵如らが共同で編集にあたった。この『台湾青年』は、1922年(大正11年)4月1日に名称を『台湾』とした。
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