跡 (線型代数学)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/02 14:49 UTC 版)
リー環上の写像として
跡は行列式の微分と対応付けられる。即ち、リー群における行列式のリー環における対応物が跡である。それを示すのが行列式の微分に対するヤコビの公式である。
特に、「単位元 I における微分係数」という特別の場合には
(o はランダウの記号)という意味で行列式の微分がちょうど跡になる()。このことから、リー環の間の跡写像とリー環からリー群への指数写像(あるいは具体的に行列の指数函数)との間の関係を
と書くことができる。
ベクトル空間 V の次元が n であるとき、跡写像は V 上の線型写像の空間としての行列リー環 gln(k) からスカラーのリー環(自明なリー括弧積を持つ可換リー環と見て得られる)k への写像と見ることができる。これは即ち、交換子括弧のトレースが消える:
という意味に他ならない。跡写像の核はトレース 0 の行列からなるが、そのような行列はしばしば跡が無い (traceless, tracefree) と言い、それら行列は単純リー環 sln(k) を成す。sln は行列式 1 の行列の成す特殊線型群 SLn のリー環である。SLn に属する行列が体積を変えない変換であることに類比して、sln の元は無限小体積を変えない行列である。
実は gln の内部直和分解
が存在し、そのスカラー(行列)成分への射影はトレースを用いて
と書ける。きちんと述べるならば、(余単位射としての)跡写像に(単位射としての)「スカラーの包含」k → gln を合成して gln → gln を作れば、これはスカラー行列の成す部分リー環の上への写像で、それは n倍として作用する。この n倍の分だけ割って射影を得れば上記の如くである。
短完全列の言葉で言えば、
がリー群の短完全列
に対応する形で成り立つが、跡写像は(スカラーの 1/n倍を通じて)自然に分裂するから gln = sln ⊕ k を得る。一方、行列式の分裂は行列式の n乗根をとる必要があり、これは一般には写像を定めない。つまり、行列式は分裂せず、一般線型群も分解されない(GLn ≠ SLn × K∗)。
以下の双線型形式
はキリング形式と呼ばれ、リー環の分類に用いられる。
正方行列 x, y に対して定義される双線型形式
は対称かつ非退化[注釈 2]、さらに
が成り立つ意味で結合的である。(sln のような)複素単純リー環に対しては、このような任意の双線型形式は互いに他の定数倍であり、特にキリング形式として書ける。
ふたつの行列 x, y がトレース直交 (trace orthogonal) であるとは
を満たすときに言う。
注釈
- ^ tr(XY) = tr(YX) は X, Y が正方行列でない場合にも、XY, YX がともに定義できる限りにおいて成り立つ。実際、X = (xij), Y = (yij) とすれば明らかに tr(XY) = ∑i,jxijyji = ∑i,jyjixij = tr(YX).
- ^ これは から従う
- ^ コーシー=シュワルツの不等式で示せる
出典
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