脳機能局在論 手法

脳機能局在論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 07:26 UTC 版)

手法

非侵襲的に脳の形が解析できなかった20世紀前半では、死後、脳解剖によって生前の情報と照らし合わせる脳病理学的手法で脳機能局在の推定が行われてきた。現在は生体の脳機能の局在性を対象とし、fMRIなど脳の活動をリアルタイムに調べる脳機能イメージングの手法が中心となる。神経細胞を単位とするミクロな機能局在を調べる場合は開頭した上で微小電極などで個々の神経細胞の活動を直接計測するが、動物実験でのみ行われる。

解剖的構造との関係

ブロードマンの脳地図は大脳新皮質を組織構造によって区分したものであるが、この組織構造は、その部位での機能をある程度反映していると考えられている。たとえばブロードマンの脳地図の17野では第4層が非常に発達しているが、この層には網膜から外側膝状体経由での入力がある。脳機能イメージングなどでこの領野を調べると、視覚的情報によく反応することがわかった。17野は解剖的にも機能的にも視覚の初期処理に関係することがわかり、一次視覚野と呼ばれている。

現在注目されている問題

現在は、問題の焦点は(1)局在の細かさ、(2)局在の排他性(独立性)、(3)局在の堅固さ(可塑性)などに移ってきている。

局在の細かさ

現在はほぼ否定されているが、脳機能局在を極端に推し進めた仮説として記憶物質説がある。この説は、記憶は特定の分子に符号化して保存されており、この記憶物質を他人に移植すれば記憶が転移するというものである。このような物質は現在まで発見されておらず、また支持する証拠もない。

次に細かい仮説としては、個々の神経細胞が異なる特定の機能を担っているとするものである。代表的なものとしておばあさん細胞(おばあちゃん細胞とも、GrandMother Cell)仮説がある。これはサルなどにさまざまな視覚図形を提示しながら脳の特定の細胞の活動を計測したところ、老女の顔のみに反応する細胞があったとする研究よりこの名がついた。この手の研究では同じような反応特性を持つ細胞を再び探り当てることができないので直接的追試はほぼ不可能である[2]。実験方法への批判としては提示する図形の不備で真の反応特性が計測できていないことなど、理論的な批判としてはおばあさん細胞がたまたま死ぬとおばあさんを認識できなくなり脆弱でヒトの認識能力を実現するには脳細胞の総数が少なすぎるといった批判があり、研究者の多くが支持するような仮説となるには至っていない。現在はある程度の数の細胞集団に脳機能が局在しているとする考え方が比較的有力ではあるが、その集団の大きさなどについては統一見解はないといってよい。

局在の排他性(独立性)

脳機能はある程度局在しているが、この局在は臓器などの器官のように独立してモジュール化された排他的機能を持っているのか、それとも緩やかに分散しているのか(略)

局在の堅固さ(可塑性)

脳機能はある程度局在しているが、この局在は臓器などの器官のように代わりの利かない堅固なものなのか、それとも後天的に形成され変わるものなのか、という点もひとつの焦点となっている。

事故などによって手足を切断した患者では、失った手足かあたかも存在するように知覚される幻肢という現象が高確率で起こる。(略)幻肢は手足の喪失からしばらくは強く現れるが、時間がたつにつれ体の残存部位の知覚と融合していき(略)これは中枢神経が残ったまま末梢神経からの入力がなくなった場合である。

逆に末梢が残っていて中枢が損傷した場合、たとえば脳梗塞などで脳が部分的に死んだ場合、明白な機能局在がある部分が失われるとそれに対応する精神機能も失われる。言語野を損傷すれば失語症となり、運動野を損傷すれば身体不随に、視覚野を損傷すれば失明などの現象が生じる。しかしながら、この場合も損傷から一定期間たつと機能が回復することがあることが知られている(略)機能の回復は若ければ若いほど起こりやすい(略)臨界期(略)

これらの現象には神経細胞の可塑性が関わっていると考えられている(略)

右脳・左脳論

前述のとおり、脳などの部位がどの認識機能を担うかについてはおおまかに分類されるが、個人差もある。fMRIなどによる測定結果は、その脳部位の相対的な活動の増大を示すもので、その結果からはその部位がその精神活動を専門に処理する、との証明にはならない。(他の脳部位も同時に働いている可能性が考えられる。)

(なお、右脳・左脳という言葉は一般語彙であって、学術用語として使われることはない。学術用語としては、右半球・左半球が使われる。)

一般に広く知られる右脳・左脳論とは、左半球が論理的思考の中枢であり、右半球が映像処理、直感や感性、芸術性、創造性を担う、というものである[3]

芸術活動をしている最中の脳機能イメージングでは、多くの研究で右半球と左半球両方に活動の増大が認められる。芸術には複数の様々な能力が必要であり、また、創作対象によってどのような能力が必要とされるかも変わってくる。そのため芸術の能力とは何かということを脳科学的に定義することは難しく、脳科学的にそのことを証明するのは難しい。創造性についても同様で、何をもって創造性とするかを脳科学的に定義することは難しい。

理屈っぽい人物は左脳優位、芸術肌の人物は右脳優位といった俗説があるが、科学的な根拠はない[4]

男性=理屈=左脳優位、女性=感覚=右脳優位といった俗説がある一方で、発達心理学者のサイモン・バロン=コーエンは、著書『共感する女脳、システム化する男脳』の中で、男性は平均的に分析能力が高く、女性は平均的に共感能力が高いとし、その理由として、男性は大脳の右半球が早い時期から急速に発達するため空間把握・分析能力が高くなる、一方女性は幼児期の早い段階から言語認知に関して左脳の優位を示すため、コミュニケーションに長けて共感能力が高くなる、としている。(逆の内容となっている。)

他にも誤った俗説として以下のようなものがある。

  • 左半球だけが論理処理をする。
  • 右半球だけがイメージ処理をする。

短時間表示された画像と同一の画像を選択肢から選択する、など画像を扱うテストは右脳が優れている傾向がある、推論処理は左脳が優れている傾向がある、ということを示す研究結果はあるが、優れているというだけであって、片方の脳だけで論理処理、もう片方の脳でイメージ処理を行っている、という結果は示されていない。

「右脳を鍛える」と称する訓練によって「創造性」が向上するという話は、科学的根拠がない[要出典]

経済協力開発機構は、2007年の報告書『脳の理解:教育科学の誕生(Understanding the Brain: The Birth of a Learning Science)』で、脳についての迷信として「神経神話」の一つに、「論理的な左脳」と「創造的な右脳」という観念をあげた[5][6][7]

小説家マイケル・クライトン(ハーバード大学医学部卒)の『恐怖の存在』では、作中の登場人物が右脳・左脳論を否定する[8]。作中に述べられる理由は以下のとおり。

スペリーの研究をもとに右脳・左脳論の観念が人々に広まったが、スペリーの研究対象は脳梁の切断手術を受けた患者の脳だけであり、その発見はそうした患者以外には適用できず、スペリー自身もそうした患者以外への適用を否定している。

九州大学大学院理学研究院生体物理化学講座や科学技術振興機構は、脳の左半球と右半球の違いを研究した[9][10][11][12]。ただし、これは脳の左右の構造的非対称性を解明したのみで、「左脳が論理的思考をし、右脳が芸術を生む」と証明したのではない。

2003年5月9日号の米科学誌『Science』に九州大学の研究者が発表した論文では、分子レベルでの脳の左右の機能の明確な違いを明らかにしている[13]。これにより、脳の左右の機能に関する差異について分子レベルでの研究が促進されると考えられる。

科学的根拠に乏しい理論を元に、右脳を鍛えることを謳った教材が散見される。右脳の力を伸ばす教育を掲げる幼稚園、「バイオリンを演奏することで右脳が活性化され学力が向上する」という理由で全員にバイオリンを購入させ、授業のカリキュラムで3年間習わせる私立中学校なども存在する。効果のない商品の説明に使われることがあり、注意が必要である。


  1. ^ Cohen, M. (1996). “Functional MRI: a phrenology for the 1990's?”. Journal of Magnetic Resonance Imaging 6 (2): 273-274. PMID 9132088. 
  2. ^ Barlow, H. B (1972). “Single units and sensation: A neuron doctrine for perceptual psychology?”. Perception 1 (4): 371-394. 
  3. ^ ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作”. TED (2008年). 2018年5月14日閲覧。
  4. ^ Lilienfeld et al. (2010) 50 Great Myths of Popular Psychology, West Sussex:Wiley-Blackwell
  5. ^ 「脳力アップ」に要注意『日経ビジネス Associe(アソシエ)』2009年2月4日
  6. ^ 気になる! 見極め大切、脳科学神話 : 健康ニュース : yomiDr./ヨミドクター『読売新聞』2010年1月22日
  7. ^ 怪しい「神経神話」と戦う脳科学者『日本経済新聞』2010年3月19日
  8. ^ マイケル・クライトン『恐怖の存在』酒井 昭伸訳、早川書房、2005年
  9. ^ 生体物理化学研究室伊藤グループについて(九州大学 生体物理化学研究室)
  10. ^ 脳の左半球と右半球の違いを分子レベルで解明 (独立行政法人 科学技術振興機構)
  11. ^ 左右脳半球の構造的・機能的非対称性を分子レベルで解明(日本生理学会)
  12. ^ 左右脳半球の構造的・機能的非対称性を分子レベルで解明(国立情報学研究所)
  13. ^ Kawakami R, Shinohara Y et al. "Asymmetrical allocation of NMDA receptor epsilon2 subunits in hippocampal circuitry" Science. 2003 May 9;300(5621):pp990-4. PMID 12738868.


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