窮理図解
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『窮理図解』(きゅうりずかい)は、福澤諭吉の著書のひとつ。正式名称は、『訓蒙 窮理圖解』(きんもう きゅうりずかい)。1868年(明治元年)の初秋に、慶應義塾から和装の3巻本として出版された。1861年から1867年にかけてイギリスとアメリカで出版された物理書、博物書、地理書を参考にして、日常の身近な自然現象を平易に図解した書物である。日本で最初の科学入門書とされる。
注釈
- ^ 福澤は『福澤全集緒言』において『窮理図解』について以下のように説明をしている。
窮理図解
開国 ()の初 ()に当 ()り、吾々 ()洋学者流 ()の本願 ()は、兎 ()も角 ()も国中 ()多数 ()の人民 ()を真実 ()の開国主義 ()に引入 ()れんとするの一事にして、恰 ()も西洋文明 ()の為 ()めに東道 ()の主人 ()と為 ()り、一面には漢学 ()の固陋 ()を排斥 ()すると同時 ()に、一面には洋学 ()の実利益 ()を明 ()にせんことを謀 ()り、あらん限りの方便 ()を運 ()らすその中にも、凡 ()そ人に語 ()るに物理 ()の原則 ()を以 ()てして自 ()から悟 ()らしむるより有力 ()なるはなし。少年子弟 ()又は老成 ()の輩 ()にても、一度び物理書 ()を読 ()み或 ()はその説 ()を聴聞 ()して心の底 ()より之 ()を信 ()ずるときは、全然 ()西洋流 ()の人と為 ()りて漢学 ()の旧 ()に復帰 ()したるの事例 ()殆 ()んど絶無 ()なるが如 ()し。吾々 ()実験 ()の示す処なれば、広く民間 ()を相手 ()にして之を導 ()くの第一着手 ()は物理学 ()に在りと決定 ()はしたれども、無数 ()の国民 ()に原書 ()を読 ()ましむるが如 ()き固 ()より思いも寄 ()らぬことにして、差向 ()きの必要 ()は唯 ()飜訳書 ()を示すの一法 ()あるのみ。然 ()るに開国以前 ()既 ()に飜訳 ()版行 ()の物理書 ()なきに非 ()ざれども、多くは上流学者社会 ()の需 ()に応 ()ずるものにして、その文章 ()の正雅高尚 ()なると共に難字 ()も亦 ()少なからず、且 ()つ飜訳 ()の体裁 ()専 ()ら原書 ()の原字 ()を誤 ()るなからんことに注意 ()したるが為 ()めに、我国俗間 ()の耳目 ()に解 ()し難 ()きものあり。例 ()えば、物の柔軟 ()なるを表 ()するに恰 ()もボートル(英語バタ)に似 ()たりと直 ()に原字 ()のまゝに飜訳 ()するが如 ()き、訳 ()し得て真 ()を誤 ()らざれども、生来 ()ボートルの何物 ()たるを知らざる日本人は之 ()を見て解 ()するを得ず。依 ()て余はその原字 ()を無頓着 ()に附 ()し去り、ボートルと記 ()すべき処 ()に味噌 ()の文字 ()を用うることに立案 ()して、凡 ()そこの趣向 ()に従い、啻 ()に二、三の原字 ()のみならず、全体 ()の原文 ()如何 ()を問わず、種々様々 ()の物理書 ()を集 ()めてその中より通俗教育 ()の為 ()めに必要 ()なりと認 ()るものを抜抄 ()し、原字原文 ()を余処 ()にして唯 ()その本意 ()のみを取り、恰 ()も国民初学入門 ()の為めに新作 ()したる物理書 ()は窮理図解 ()の三冊なり。 — 福澤諭吉、『福澤全集緒言』、73-75頁[4]。
出典
- ^ a b c “デジタルで読む福澤諭吉 訓蒙窮理圖解. 上”. 慶應義塾大学メディアセンター. 2017年8月28日閲覧。
- ^ “訓蒙 とは”. コトバンク. 2011年7月16日閲覧。
- ^ “窮理学 とは”. コトバンク. 2011年7月16日閲覧。
- ^ 『福澤全集緒言』、73-75頁
- ^ 伊藤博「教育史から見た幕末期から明治初期の教育」『大手前大学論集』第12号、大手前大学、2011年、 17-32頁、 ISSN 1882-644X、 NAID 110009396076。
- ^ “訓蒙窮理圖解. 上”. 慶應義塾大学図書館. 2011年7月16日閲覧。
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