永州市 地理

永州市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/05 01:39 UTC 版)

地理

湘江瀟水の合流地点に位置する。湖南省最南部を占め、広東省広西チワン族自治区と境を接する。

古くより湖南と広西とを結ぶ交通の要所で、チワン族など南西の異民族・少数民族に対する軍事拠点として重視された。

歴史

永州が史書に初めて登場するのは『史記』五帝本紀の「舜南巡狩、崩于蒼梧之野、葬于江南九疑、是為零陵」という記事にある、が葬られたという零陵である。秦代は舜を顕彰し零陵県が設置された。隋代に州制が施行された際に零陵郡南西部の永山にちなみ永州総管府が設置され、以降永州の名称が現在まで使用されている。

中華人民共和国が成立すると1949年10月に永州専区が設置され、その後の行政改編を受けて1995年11月21日に地級市として永州市が成立し現在に至っている。

行政区画

2市轄区・1県級市・7県・1自治県を管轄する。

永州市の地図

年表

この節の出典[1][2]

永州専区(1949年-1950年)

零陵専区(1950年-1952年)

  • 1951年8月11日 - 零陵県の一部が広西省桂林専区全県に編入。(8県)
  • 1952年2月16日 - 祁陽県の一部が分立し、祁東県が発足。(9県)
  • 1952年6月17日 - 道県・零陵県の各一部が広西省桂林専区全県に編入。(9県)
  • 1952年11月13日 - 零陵県・東安県・祁陽県・新田県・寧遠県・江華県・道県・永明県・祁東県が湘南行政区に編入。

零陵地区(1962年-1995年)

  • 1962年10月30日 - 衡陽専区寧遠県江永県道県零陵県東安県江華ヤオ族自治県、郴州専区新田県藍山県を編入。零陵専区が成立。(7県1自治県)
  • 1964年5月14日 - 零陵県・道県・寧遠県の各一部が合併し、瀟水林区管理局が発足。(7県1自治県1管理局)
  • 1969年12月16日 - 瀟水林区管理局が県制施行し、双牌県となる。(8県1自治県)
  • 1970年 - 零陵専区が零陵地区に改称。(8県1自治県)
  • 1982年1月23日 - 零陵県の一部が分立し、永州市が発足。(1市8県1自治県)
  • 1983年2月8日 - 衡陽地区祁陽県を編入。(1市9県1自治県)
  • 1984年6月22日 (2市8県1自治県)
    • 零陵県の一部が分立し、冷水灘市が発足。
    • 零陵県の残部が永州市に編入。
  • 1988年12月27日 - 江永県の一部が江華ヤオ族自治県に編入。(2市8県1自治県)
  • 1995年11月21日 - 零陵地区が地級市の永州市に昇格。

永州市

  • 1995年11月21日 - 零陵地区が地級市の永州市に昇格。(2区8県1自治県)
    • 永州市が区制施行し、芝山区となる。
    • 冷水灘市が区制施行し、冷水灘区となる。
  • 2005年6月15日 - 芝山区が零陵区に改称。(2区8県1自治県)
  • 2021年2月20日 - 祁陽県が市制施行し、祁陽市となる。(2区1市7県1自治県)

交通




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